リヒテル ボロディン四重奏団員 ブラームス ピアノ四重奏曲第2番(1983.7.8Live)を聴いて思ふ

あなたの変奏曲も幸いに組み入れました。誰にも相談せず簡単にプログラムに載せてしまったわけですの。
明日の午後7時半には、どうぞ私のことを想っていてください。ちょうどフーガの演奏に奮闘中でしょう。あなたが最後のお別れの朝に言ってくださったことをよく考えて、あたうるかぎり立派に演奏したいと思います。ただ気に入ったから演奏するのではなく、あの曲が素晴らしいからです。

(1861年12月12日付、ライプツィヒのクララよりブラームス宛)
ベルトルト・リッツマン編/原田光子編訳「クララ・シューマン×ヨハネス・ブラームス友情の書簡」(みすず書房)P122

クララ・シューマンのブラームスの才能に対する大いなる信頼と、極めて個人的な愛情さえも伺える手紙である。実際、ヘンデル変奏曲は天才的なフーガを伴った名作だ。同じ手紙の最後に彼女は追伸を送る。

熱心にお仕事をしていらっしゃって?例の四重奏曲を書いておいででしょうか。
~同上書P122

例の四重奏曲とは、ピアノ四重奏曲イ長調のこと。
水も滴るヨハネス・ブラームス。
巨大な第1楽章アレグロ・ノン・トロッポに苦悩はなく、確信と希望が満ちる。特に、冒頭リヒテルのピアノが主題を奏で、ボロディン四重奏団メンバーの弦楽器が柔らかい旋律で追随するシーンに、かのベートーヴェンが協奏曲ト長調の劈頭で魅せた得も言われぬ瑞々しさと優美さを想像する。ロシア的憂愁が全身を纏い、音楽はどんなときも湿気を保ちながら、官能のドラマを僕たちに届けてくれるのだ。続く第2楽章ポコ・アダージョは、弱音器をつけた弦楽器の遠慮がちの音(どうにもショスタコーヴィチの匂いが纏いつく)に包まれる高貴なリヒテルのピアノが素晴らしい。ここには間違いなくクララ・シューマンを意識したヨハネスの愛の徴があるように僕は思う。

・ピアノ四重奏曲第2番イ長調作品26
スヴャトスラフ・リヒテル(ピアノ)
ボロディン四重奏団員
ミハイル・コペルマン(ヴァイオリン)
ドミトリー・シェバーリン(ヴィオラ)
ワレンチン・ベルリンスキー(チェロ)(1983.7.8Live)

第3楽章スケルツォは、抑制された慎ましい喜びの表情が何ともロシア的で心地良い。そして、終楽章アレグロの、溜めて、溜めて、溜めて一気に吐き出すという、同じくロシア的熱狂が炸裂するリヒテル&ボロディンの方法に感無量。
フランスはトゥール音楽祭でのライヴ録音。終演後の聴衆の歓喜の拍手喝采がすべてを物語る。

アポロンとディオニソスへの信仰についてみなに教えてくれたのは、レオ・アブラーモヴィチ・マーゼリだ。たいへんな才能の持ち主で、文学にも数学にも通じていた。これら両方への信仰をいかに両立させるかを教えてくれた。アポロンからはratio(比率)を、思い上がった態度を、そして冷静な頭脳を学べ!(これは分析とは違う!—私は分析には我慢がならない)ディオニソスで大切なのは、圧力、芸術や生命が発する歓喜だ。ブラームスが実例に出された。—ブラームスにはこのすべてが組み込まれている。
ユーリー・ボリソフ/宮澤淳一訳「リヒテルは語る」(ちくま学芸文庫)P79

リヒテルの言葉に僕は無条件に膝を打つ。

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