
いろいろな意味で、アントン・ブルックナーの「雛形」。
これをもって彼は生涯にわたり、フラクタルとなる交響曲を生み出し続けることになる。
喝采のなかに敵意ある声が混ざっていた。その人たちはブルックナー個有の音楽を非難しなければならないと思ったのである。当時宮廷楽長であったヨハン・ヘルベック(ヴィーンで最も行動力のある有力な人物のひとりであり、かつブルックナーの最も重要な後援者のひとりであった)もそう思ったひとりで、同じ意味の非難をしたかもしれない。そして彼はブルックナーにこの交響曲を修正するよう勧めた。これによってブルックナーの生涯のほとんど終わりまで続くことになるあの干渉が始まったのである。
(レオポルト・ノヴァーク/大崎滋生訳)
~レオポルト・ノヴァーク校訂の批判全集版に基づくミニアチュア・スコアOGT202
レオポルト・ノヴァーク校訂の批判全集版に基づくミニアチュア・スコアの、ノヴァークによる序文には上記のようにある。
交響曲第2番は、明らかにそれまでとは異なる、ブルックナーの交響曲の形式の完成形であり、また、彼の人生の、生き様の出発点でもある。何て美しく、何て雄渾で、深い生命の呼吸を湛えた音楽なのだろう。
・ブルックナー:交響曲第2番ハ短調(1877年稿)
エリアフ・インバル指揮フランクフルト放送交響楽団(1988.6録音)
インバルの棒は、ブルックナーの魂に感応する。
金管群を思いの丈鳴らし切るも、決して煩くならず、どの瞬間も音楽的で、見事に宇宙の鳴動の如く、聴く者の魂を震撼させるのである。
第1楽章モデラート冒頭から、音楽は自然体の様相を示し、一切の無理がない。続く第2楽章アンダンテに見られる(あえて表現するなら)「神性」は、全交響曲の中で唯一献呈者を持たない作品であることと何か意図しない連関があるのかもしれないなどと推量させるネタになろうか。また、第3楽章スケルツォの、後年の野人の踊りを思わせる蛮性と、トリオの柔和な癒しの調べ。そして、終楽章の、外へ外へと拡散する音楽の大いなる魅力。
彼(ワーグナー)は、ベートーヴェンをもって交響曲は終った、という認識をくつがえして、ベートーヴェンの衣鉢をつぐ者はブルックナーであると考えるようになった。そしてこの交響曲作家がヴィーンで悪戦苦闘を強いられており、白眼視の張本人が、ヴァーグナー自身も交渉の機会が多く、しばしば苦い思いをさせられている指揮者のヘルベックであったみれば、ブルックナーへの同情の言葉がヴァーグナーの口から洩れたことは想像に難くない。その一言がコージマの「可哀想な」の一語に残っているのだろう。
(高辻知義「ブルックナーとヴァーグナー」)
~「音楽の手帖 ブルックナー」(青土社)P40
リヒャルト・ワーグナーの直観、見識は実に妥当である。