現在から一気に時計の針は巻き戻され、時は西暦1200年。
ペルソナを持たぬ登場人物たちは、間違いなく地獄(六道)を転生する罪深き(僕たち)人間たちを描く。嫉妬という負の感情も、三角関係という負の官能も、人肉食という異常な慣習も、すべては人間のエゴが生み出したものだ。堕天使の思わせぶりな言葉に乗り、人間は迷い彷徨ってきた。果たして、アニエスが飛び降りた後の、時計が2021年に巻き進められたとき、人類は本当に覚醒できているのか?
いや、今のままでは駄目だ。
僕たち一人一人の意識が真に目覚めねば。
音楽は終始黒い官能の坩堝。それゆえに先鋭的であり、またエロティック。
ステージ後方には演者用の舞台がしつらえられ、巨大スクリーンには、一見美しい四季を通じての、いわば「地獄の沙汰」が投影された。客席が暗転しての、第1部から第3部まで、少しのインターバルを置きながら物語は進行する。何という手際良さ、何という心地良さ。大野和士指揮する都響は完全なる演奏を露にする。しかし、その上を行ったのが、今日の独唱者(演者)たちだった。
大野和士をして「現代オペラ頂点の作品のひとつ。これを聴かなければ一生損をする。」と言わしめた通り、針生康を舞台総合美術に起用した「セミ・ステージ形式」の現代オペラは、背筋のゾクゾクする妖しくも美しい、そして残酷ながらいかにも人間的なドラマの横溢する傑作だった。まさに現代の「トリスタンとイゾルデ」!!
サントリーサマーフェスティバル2019
ザ・プロデューサー・シリーズ
大野和士がひらく
2019年8月28日(水)19時開演
サントリーホール
・ジョージ・ベンジャミン:オペラ「リトゥン・オン・スキン」(2009-12)[日本初演]
13世紀、作者不詳の「ギヨーム・ド・カプスタン―心臓を食べた話」による
台本:マーティン・クリンプ
大野和士指揮東京都交響楽団
舞台総合美術:針生康
アンドルー・シュレーダー(プロテクター、バリトン)
スザンヌ・エルマーク(妻・アニエス、ソプラノ)
藤木大地(第1の天使/少年、カウンターテナー)
小林由佳(第2の天使/マリア、メゾソプラノ)
村上公太(第3の天使/ヨハネ、テノール)
遠藤康行/高瀬譜希子(天使、ダンス)
特に、プロテクターを演じたアンドルー・シュレーダーのバリトンは毒があって素晴らしかった(アニエスを演じるスザンヌ・エルマークももちろんだが)。
例によって都響メンバー個々の演奏も抜群。
そして、大野和士の棒はいつもながら鮮烈でかつ正確無比。
何という安心感なのだろう(願わくばもう一度観たいと思う)。