フラグスタート ブレイスウエイト指揮フィルハーモニア管 パーセル 歌劇「ダイドーとアエネアス」第3幕「わが今わの際にも」(1948.5.29録音)ほか

「自分の音楽スタイルの起源」に話を戻すが、要するにアーノンクールから学んだのは彼の「アタック」なのだ。それが私の音楽言語のベースになっている。「アタック」とは、音を発音する際、アーティキュレーション、筋力のエネルギーを使って解き放つ技術に他ならない。指揮者はジェスチャー、弦楽器奏者は運弓、管楽器奏者は息、打楽器奏者はマレットを用いる。アタックは全ての偉大な指揮者を特徴づけるものだ。トスカニーニ、ライナー、フルトヴェングラー、シェルヘンしかり。
マルク・ミンコフスキ著/アントワーヌ・ブレ編/岡本和子訳/森浩一日本版監修「ある指揮者の告解」(春秋社)P20-21

マルク・ミンコフスキはアーノンクールに打ちのめされ、多大な影響を受けたという。
のめり込んだとはいえ、彼にとってアーノンクールは神だとはいえ、あくまで彼は自らを主体にし、自らを生きる音楽家だ。

マルク・ミンコフスキ指揮レ・ミュジシャン・デュ・ルーヴル

だいぶ前、彼の実演に触れたときも衝撃を受けた。
(音楽は生に限る)
もちろんその前にいくつかの音盤に触れ、感心していたからだが。

オッター ミンコフスキ指揮レ・ミュジシャン・デュ・ルーヴル=グルノーブル ベルリオーズ 歌曲集「夏の夜」ほか(2011.4録音) ミンコフスキ指揮ルーヴル宮音楽隊のグルック「オーリードのイフィジェニー」を観て思ふ ミンコフスキ指揮ルーヴル宮音楽隊のグルック「オーリードのイフィジェニー」を観て思ふ ミンコフスキのオッフェンバック「地獄のオルフェ」を聴いて思ふ ミンコフスキのオッフェンバック「地獄のオルフェ」を聴いて思ふ

そのミンコフスキが、若き日の興味深いエピソードを披露していた。

『エイシスとガラテア』はヘンデルのオペラだ。客席には、フランソワーズ・エール声楽アンサンブルの合唱団員だったジャンとアニー・ドゥレトレも座っていて、終演後、当時19歳だった私の人生を大きく変えることになる、一生忘れられないオファーをしてくれた。「今夜の公演を聴かせてもらって思ったのだけれど、うちで制作しているパーセルの歌劇『ディドとエアネス』を指揮しない?」
知っている作品だったし、家には両親が買い集めた録音が色々あった。とくに印象に残っているのがワーグナー歌手のキルステン・フラグスタートの録音だった。現代の趣向には全く合わない歌唱だが、彼女が歌うアリア『ディドの死』には胸を打たれた。

~同上書P31-32

確かにフラグスタートの歌うパーセルのアリアは深い。
そして、ミンコフスキの方向性とは真逆の、時代がかった解釈だ。
しかし、芸術は形を超え不変であり、不滅であることを教えてくれる。

キルステン・フラグスタートEMI録音集
・ヘンデル:オンブラ・マイ・フ~歌劇「セルセ」第1幕
ウォーウィック・ブレイスウエイト指揮フィルハーモニア管弦楽団(1948.7.3録音)
・ヘンデル:アリア「わたしは知る、わたしをあがなう者は生きておられる」~オラトリオ「メサイア」
ウォーウィック・ブレイスウエイト指揮フィルハーモニア管弦楽団(1952.12.3録音)
・J.S.バッハ:アリア「憐れみ給え、わが主よ」~「マタイ受難曲」BWV244
ヴァルター・ジュスキント指揮フィルハーモニア管弦楽団(1950.6.25録音)
・パーセル:わが今わの際にも~歌劇「ダイドーとアエネアス」第3幕
ウォーウィック・ブレイスウエイト指揮フィルハーモニア管弦楽団(1948.5.29録音)
・グルック:エウリディーチェなしに~歌劇「オルフェオとエウリディーチェ」第3幕
ヴァルター・ジュスキント指揮フィルハーモニア管弦楽団(1948.5.27録音)

ヘンデルの「オンブラ・マイ・フ」は(ある意味)フラグスタートの歌唱をもって頂点として良いものだろう(涙なくしては聴けぬ絶唱)。そして、「マタイ受難曲」からアリア「憐れみ給え、わが主よ」の深遠さ。魂までをも震わせる名唱ここにあり。

そして、ミンコフスキが忘れられないというパーセルの「わが今わの際にも」のあまりの美しさ。フラグスタートは、グルックの「エウリディーチェなしに」とあわせ、生の儚さと死の純白さを見事に表現する。

フラグスタートのバッハ&ヘンデルを聴いて涙する フラグスタートのバッハ&ヘンデルを聴いて涙する

今年はキルステン・フラグスタート生誕130年。

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