アルゲリッチのベートーヴェン

beethoven_3_argerich_abbado.jpgいつだったかアルゲリッチが「皇帝」を弾くというので、チケットを入手しその時を心待ちしていたものの、直前にピアニストの都合でプログラムが変更され、モーツァルトの第20番のコンチェルトになってがっかりしたことを思い出す。実際にはそのモーツァルトも超名演で、実に感動的な演奏だったのだから文句なしなのだが、それでも彼女の弾くベートーヴェンにとにかく触れたいという想いはいまだに変わらない。僕が聴いたアルゲリッチの実演は、第1番と第2番のみ。この2曲、長らくシノーポリの伴奏によるグラモフォン盤が代表盤として一般にも認知されていたが(リリース当初はいずれ近い将来協奏曲全集になるという話だった)、第3番以降を一向に録音することなく時間ばかりが過ぎてゆく時期があまりに長かった。

というわけで、何年か前に突然第3協奏曲の実況録音がリリースされた時は飛びついた。1800年に作曲されたこの作品は、いよいよベートーヴェンの個性が前面に出るようになった時期の彼らしい傑作で、仄暗さを醸しだす第1楽章の主題からして「巨大」だし、第2楽章の何とも可憐で浪漫的なピアノのテーマが冬空に凍てついた身体を温めてくれる「優しさ」を醸す。男性性と女性性が入り混じる、何ともユニセックスな名曲。ちなみに、このアルゲリッチ盤、第1楽章のカデンツァには作曲者作のものを使用しているが、何とクララ・シューマン作のものがあるという。残念ながら音盤がリリースされている様子はなく、楽譜を縦横に読めない僕にとっては至極残念。一度クララ版のカデンツァを聴いてみたいものだ。

ベートーヴェン:
・ピアノ協奏曲第3番ハ短調作品37
・ピアノ協奏曲第2番変ロ長調作品19
マルタ・アルゲリッチ(ピアノ)
クラウディオ・アバド指揮マーラー室内管弦楽団

アバドはやっぱり上手い。病気から復帰してからの、すべてが吹っ切れ、余計なものが削ぎ落とされた後の彼の芸術は一段も二段も上。ピアニストを建て、ピアニストに寄り添いながら、こうでなければならないという自らの音楽をも創造する。第2楽章の「侘び寂の世界観」、そして躍動するフィナーレの根底に流れる「孤独感」こそ、その最たるもの。

ところで、昨年の今日はシンガーズ・アンリミテッドのクリスマス・ソング集、一昨年の今日はアルゲリッチ&デュトワのプロコフィエフ、そして3年前はヴィヴァルディを採り上げていた模様。僕にとってその日聴いた音盤は里程標のようなもので、当時のことがすぐさま思い出される。時々過去の記事を読み返すのは面白い。

12月半ばとは思えない暖かさ。外出時に着ていたダウン・ジャケットが不要になるほど。こういう日は気分が大らか。


3 COMMENTS

雅之

おはようございます。
いつも思うんですが、アルゲリッチくらいレパートリーを厳選し、弾かない曲の多い大家も珍しいですよね。バッハ、モーツァルト、ベートーヴェン、ショパン、シューマン、リスト、ラフマニノフ等については、弾かない曲(未公開なだけ?)のほうが圧倒的に多いですし、彼女のシューベルトやブラームスは皆無です。
指揮者のムラヴィンスキー、カルロス・クライバーらもそうだったんですが、彼らのごくごく限られたレパートリーの名演を絶賛しておきながら、返す刀でカラヤンやベームやアバドやラトルを蔑む一般的なマニアの皆さんの風潮は、なんかフェアじゃない気がします。ムラヴィンスキー、カルロス・クライバーはオペラも指揮しなかったわけですし、1曲の解釈に磨きをかけるのに使える時間が、普通の売れっ子指揮者とは根本的に違いますよね。羨ましいご身分だったのでしょう。
ということは、ですよ、岡本さんもこれからの人生、ブラームスop.117~op.119までのどれかの曲をただひたすら練習し、人前で弾けるようになり、解釈に磨きをかけたら、アルゲリッチに勝つことが充分可能なのです!!!
彼女はこれらの曲を人前で弾くことすらできないのですから!!・・・岡本さんの不戦勝!!!(爆・爆)
>ちなみに、このアルゲリッチ盤、第1楽章のカデンツァには作曲者作のものを使用しているが、何とクララ・シューマン作のものがあるという。
クララ・シューマン作のカデンツァについては私も音で聴きたくて堪らないのですが、よい提案があります。次回の愛知とし子さんのアルバムのどこかに、このカデンツァ部だけを、他のクララ・シューマン作品とともに収録してください(岡本さんか愛知さんによるライナーノーツでの詳しい解説付で!)。こういう「世界初録音」的なレアな曲をポピュラーな曲に織り交ぜることにより、資料的にも貴重なCDとなり、購買層がより拡がると思いますので、これは、ぜひ真剣に検討される価値があると思います。 

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雅之

※カルロス・クライバーがオペラを指揮しなかったという先程の私の発言は、言うまでもなく初心者でもわかる大間違い。
訂正しお詫びします。

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岡本 浩和

>雅之様
おはようございます。
>彼らのごくごく限られたレパートリーの名演を絶賛しておきながら、返す刀でカラヤンやベームやアバドやラトルを蔑む一般的なマニアの皆さんの風潮は、なんかフェアじゃない気がします。
同感です。ただし、自分軸を地球の大きさまで拡げるとそういうことも気にならなくなります。視野の狭い人は自分の感性を信じられていない人なのかもしれないなと最近は思います。
>ただひたすら練習し、人前で弾けるようになり、解釈に磨きをかけたら、アルゲリッチに勝つことが充分可能なのです!!!
おおーー、そういう考えもあったんですね!
やっぱり挑戦することにしますかね・・・。口だけ男になっちゃ信用を失くしてしまいますから(笑)。
>次回の愛知とし子さんのアルバムのどこかに、このカデンツァ部だけを、他のクララ・シューマン作品とともに収録してください
それは妙案です!!実は先月の「恋物語」の際も、アンコールの1曲として候補にはあがっていたんです(第4協奏曲のカデンツァの方ですが)。ただし、さすがに直前の思いつきで、少々長いこともありこの案は断念しました。しかし、アルバムに収録するとなると話は別。いつになるかはわかりませんが、早速提案してみましょう!
ありがとうございます。

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