フルトヴェングラー指揮ウィーン・フィル ベートーヴェン「英雄」(1952.11録音)を聴いて思ふ

僕の原点。
それは、いまだ変わることがない。これほど魂を揺るがす音楽と演奏がほかにあるものか。

・・・私の魂の姿についてどのようにお書きになろうと、これだけは心に留めておいていただかなくてはなりません―世界の中で、また世界に対して、自分がどんな位置を占めているかが、私にとって第一の決定的な問題であったためしはないという一事です。決定的な問題は、私にとってもっと深いところにありました。それらは、思うに、私の作曲、私の音楽に関わる問題でした。自分はドイツの音楽家だという感情、自分の作曲はまずもって絶対的にドイツの聴衆を頼りにしているのだという確信、自分はドイツのなかに深く根を下ろしていて、—もしお望みなら、こう言ってもいいのですが—いくらドイツがナチズムの恐怖のもとに生きなければならなかったといっても、そのドイツに対する愛情は絶ちがたかったという思い―そんなものが、たぶん私を鼓舞した主なものだったでしょう。
(1952年11月10日付、クルト・リース宛)
フランク・ティース編/仙北谷晃一訳「フルトヴェングラーの手紙」(白水社)P267

ここには、ドイツ音楽に生涯をかけて奉仕するのだというフルトヴェングラーの確固とした意思が読み取れる。病が癒えて間もなく始まったEMIによるベートーヴェンの交響曲録音の根底に流れるものは、まさにこのときの手紙にある、彼のドイツ音楽に対する魂の叫び声だ。

・ベートーヴェン:交響曲第3番変ホ長調作品55「英雄」
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(1952.11.26-27録音)

第1楽章アレグロ・コン・ブリオの理想的な(?)造形。「英雄」はこれ以外にない。また、第2楽章葬送行進曲アダージョ・アッサイの深い哀感、同時にトリオの昇天を表すような無垢な魂の咆哮。そして、第3楽章スケルツォのあまりに有機的な響きに心が動く。
「英雄」交響曲は終楽章のスケールの小ささが全体のバランスを欠くということで、ベートーヴェンの諸交響曲の中でも一段格下に位置付ける熟練者もいるが、少なくともこのフルトヴェングラーの演奏を聴く限りにおいてそれは当たらない。何と雄大で、何と宇宙的拡がりを持つ最高のフィナーレであることか。

この録音については僕の個人的な思い入れがあまりに強い。しかし、それを差し引いても、やはりフルトヴェングラー指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のベートーヴェンのスタジオ録音はいずれも不朽だ。

ぼくは、目下、仕事にかかりきりです。あと2,3日で第3交響曲が仕上がります。仕事をしているうちに健康のほうもよくなって、願わくばずっとこの調子が持続してほしいと思っています。お会いできるのはいつになりましょう?
(1952年11月27日付、クラランからルートヴィヒ・クルティウス宛)
~同上書P269

おそらくウィーンのムジークフェラインザールでの「英雄」の録音を終え、すぐさま自宅のあるスイスはクラランに戻り、彼はクルティウス宛の手紙を認めたのだろう。健康を取り戻しつつある喜びに溢れ、読んでいて何だかとても嬉しくなる。
それに、このとき交響曲第3番にかかりきりだというが、結果的にこの作品は未完に終わっていることが無念。

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2 COMMENTS

桜成 裕子

おじゃまします。このCDを聴いてみました。1944年の鬼気迫る感じの「英雄」とは違い、ゆったりした余裕や、緩急の自在さ、振幅の大きさ等を感じました。ここに紹介されている手紙の中でフルトヴェングラーは、一時「ナチスに加担した」という世間からの非難に対して、ゆっくりと落ち着いて自己の立場を分析し、自信をもってそれを伝えているのでしょうか。「いくらドイツがナチズムの恐怖のもとに生きなければならなかったといっても、そのドイツに対する愛情は絶ちがたかったという思い」を確信して演奏されたからこそ、この「英雄」がこのような素晴らしいものになったのかな、と思いました。ベートーヴェンの交響曲の中で、否、全て交響曲の中で(独断過ぎですが)、「英雄」は唯一無二、最高の交響曲ではないか、と感じる演奏でした。

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岡本 浩和

>桜成 裕子 様

>「英雄」は唯一無二、最高の交響曲ではないか、と感じる演奏でした。

そう言っていただけるととても嬉しいです。
昨今はほかにも優れた演奏はありますし、僕の場合は完全に刷り込みなので、この演奏に対する思い入れが強過ぎるのですが、まったく同感です。

聴いていただき、ありがとうございます!

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