
鬼神が乗り移るフルトヴェングラーの「フィデリオ」!!
ザルツブルク音楽祭の記録は、このオーパス蔵盤で止めを刺されたようなものだ。
開幕前の聴衆の期待と熱気がよくわかる。そして、序曲からもの凄いパッションで畳みかける指揮者の心魂が如実に伝わる舞台だ。大病前のフルトヴェングラーの音楽に焼け焦げそうだ。

前年、ザルツブルク音楽祭での「フィデリオ」に登場したフラグスタートは、調子は今一つだったと言うが。
ザルツブルグで、あの『フィデリオ』をやることはかなりつらかった。投獄された夫に身を捧げる妻をオペラで演じて歌っていると、自分の夫のことをつい思い出してしまうのだ。共演者たちはそのことをよく知っており、彼らがそのような私を見守り、私の気持ちを察してくれていることがよく分かった。彼らが示してくれた同情は温かだった。しかも無言で、彼らはまったく何も言わなかったのである。それに、本当にその必要がなかった。彼らには言葉はいらないということが分かっていたし、私も何も言わなかった。そう、『フィデリオ』を歌うのはつらかったが、歌いきれてこれほどうれしかったこともない。
しばらくして、その苦しみから乗り越えられたことを自覚した。それにしても、レオノーレの役は何と自分にピッタリとあってきたことか。そして、夫への献身という点でも、自分とレオノーレとの間には共通するものが何と多いことか! だが、われわれ二人の間には大きな違いがあった—レオノーレは夫を取り戻したのだ。
~ルイ・ビアンコリ/田村哲雄訳「キルステン・フラグスタート自伝 ヴァグナーの女王」(新評論)P349-350
レオノーレと一体になることでフラグスタートは苦悩から乗り越えることができたのだろう。翌年の(吹っ切れた)フラグスタートの歌唱は実に素晴らしい。
ところで、この年のザルツブルク音楽祭直前に、フルトヴェングラーは(非嫡出子の)娘に1通の手紙を送っている。その内容がまたいかにも父親然としたプライヴェートな内容で、娘に音楽祭への参加について諦めるよう示唆しつつ、一方自身は結果的に完全燃焼のベートーヴェンを聴かせるのだから、音楽家ヴィルヘルム・フルトヴェングラーの、俗世を超えた神がかり的真骨頂だと言えまいか。フルトヴェングラーの残した遺産の中でも十指に数えられる最高のパフォーマンスだと僕は思う。
エリーザベトからの手紙によると、彼女自身もきみに言ったそうだね、今回はカトリンも行かないぐらいザルツブルクが人気のないのは、どうしたわけだろうって。ぼくのほうは、別の理由からだけど、いよいよ本格的な夏になってもきみはザルツブルクへ来ないほうがいいと思うね。第一、ザルツブルクではまったく暇がない。それでぼくは、今度こそきみとゆっくり話したいと思っているのだし、あとでクラランへ来るほうがはるかにいいとぼくは思う。それから、ザルツブルクで音楽祭を聴くよりは、一度本式の周遊旅行でもして、休暇らしい休暇を過ごしたほうがずっと適当なことだと思ったのだ。そのほうが体も鍛えられるし、休養にもなると思うよ。旅行の途中で、なにかちょっと聴きに寄るというのだったら、もちろんけっこうだ。しかし、いつでもきみは、太陽や自然と親しむように心がけていなければならんと思うね。やはりいちばんいいのは、友だちとの旅行だね。ね、そうだろう? それが終わって、きみがクラランに来る頃には、ぼくも帰っていて、いっしょに旅行もできるし、朝夕ずっといっしょにいられるわけだ。そのときは、ほんとうにゆっくり付き合えると思うよ。
(1950年6月26日付、16歳の娘アルムートに)
~フランク・ティース編/仙北谷晃一訳「フルトヴェングラーの手紙」(白水社)P242-243
フルトヴェングラーには、死後、認知を請求された子どもの数は13あったといわれるが、子どもへの愛情とは別に、そこにはきわめて個人的な、都合の悪い事情があったように感じるのは僕だけだろうか。
音楽で聴衆を虜にするフルトヴェングラーの魔性にあって、女性を虜にするのも容易だったと見える。1950年の歌劇「フィデリオ」の激しくも艶やかなこの演奏に、僕は大いなるセックス・アピールを感じ取る。
度肝を抜く、凄まじい圧倒的音響と臨場感。
ある程度ヴォリュームを上げて聴けば、その素晴らしさは一聴瞭然。
オーパス蔵による初出LPの復刻が素晴らしい。
幕が進むにつれ、フルトヴェングラーの内なる熱狂はますますヒートアップする。
第2幕など夢の中にあるような心地良さ。フィナーレ直前のレオノーレ序曲第3番など、20分以上の怒涛の拍手喝采が続いたそうだが、レコードでは残念ながらそこはカットされている。
手に汗握る歌劇「フィデリオ」全曲。
これの右に出るものは今後もまず現われないかも。
ちなみにフラグスタートの夫であるヘンリーは、1946年6月23日に病気で亡くなっている。歌劇の役柄と自分たち夫婦を同化できるとは、たとえそれが哀しい出来事であったとしても歌手として幸せなことではないだろうか。フラグスタートは語る。
夫を亡くしてもっとも痛手だったのは、わたしを導いてくれる人、私のことを心配してくれることを厭わない人、そして
自信をもって生きることを助けてくれる人が突然いなくなってしまったことである。ヘンリーはそれらすべてを兼ね備えた人だった。私は何事をするにもまず彼と相談した。すると、彼は必ず助言してくれた。そして、私はいつもそれに従った。夫の死とは、自分が頼りにできるものをすべて失ってしまうようなものである。これから一人でやっていくにはどうしたらよいかが、まったく分からないのだ。
やがて気付いたことだが、自分のことを自分で決められるようになるためには、実際にやってみて、それを繰り返す以外に方法がないということである。もちろん、今の私にとってそのような喪失感はすでに過去のものとなっている。自信がつき、一人で生きられるようになった。
~ルイ・ビアンコリ/田村哲雄訳「キルステン・フラグスタート自伝 ヴァグナーの女王」(新評論)P293
出会う人、事、モノすべてを生かすこと、まさに「好生の徳」というものをフラグスタートはこの体験から得たようなものだ。自信に漲るレオノーレ(フィデリオ)の歌唱に心奪われる。

