デュトワ指揮モントリオール響 ストラヴィンスキー「火の鳥」ほか(1984.10録音)を聴いて思ふ

シャルル・デュトワの棒は、どんなときも妖艶だ。
音に輝きがある。音楽が土俗と野蛮に溢れるものであっても、音はとても洗練される。金管群の咆哮ですら決して汚く、そして煩くならない。それは、作曲者の自作自演にはないエネルギーとなって僕たちの感性を刺激する。

ところで、幼年の記憶は、その人が発するものに多大な影響を与える。
ましてその記憶が「褒められたこと」であるならなおさら。
過去の心象風景こそが創造物の源なのである。

私の頭にしばしば浮かんでくるもうひとつの思い出は、隣村の女たちの歌である。とても大勢で、毎夕規則的に、仕事を終えた帰り道にその歌をユニゾンで歌うのだった。いまでも私は、その旋律モティーフや、彼女たちの歌い方をはっきりと覚えている。そして私が家でその歌い方を真似しながら歌うと、音感の正しさを褒められたものだ。そうした褒め言葉が私をとても幸福にしたのを思い出す。
そして、奇妙なことは、結局のところたいして意味のない、そうした単純な事柄が、私にとっては特別な意味をもつのだ。というのも、私が音楽家として自分を意識したのはまさにそのときだからである。

イーゴリ・ストラヴィンスキー著/笠羽映子訳「私の人生の年代記―ストラヴィンスキー自伝」(未來社)P8

ストラヴィンスキーのこの、世界の「最初の印象」は、20世紀を席巻するシャンゼリゼ劇場でのスキャンダルを巻き起こす劇的な才能を目覚めさせる大きなきっかけだ。

バレエ・リュスを主宰したセルゲイ・ディアギレフのお眼鏡に適った青年作曲家は、全身全霊で委嘱の事に当たった。

サンクト・ペテルブルグに着いたばかりのディアギレフが、1910年春に予定された、パリのオペラ座におけるバレエ・リュスの公演のため、「火の鳥」の音楽を書いてくれないかと私に打診してきたのだった。それがはっきりと期限の定まった委嘱作だということにたじろぎ、また遅れずに仕上げられないのではないかと心配しながらも—私にはいまだ自分の力がわからなかった―、私は引き受けた。提案は自尊心をくすぐるものだった。自分の世代の音楽家たちのなかから自分が選ばれ、その方面では巨匠と見なされる慣わしだった人物と並んで、重要な事業に協力させてもらえたのだ。
~同上書P33-34

謙虚な姿勢で臨んだ作品は、結果としてバレエ史上に残る世紀の大傑作として認識されるものとなった。

ストラヴィンスキー:
・バレエ音楽「火の鳥」全曲(1910年版)
・幻想的スケルツォ作品3
・幻想曲「花火」作品4
シャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団(1984.10録音)

導入部、蠢くppの音から色彩感満点。音楽は不気味さと鋭さを増し、ストラヴィンスキーが生み出した「火の鳥」の音楽の素晴らしさにあっという間に引き込まれる。第1場「火の鳥の出現、これを追ってイワン王子の登場」での、木琴やチェレスタ、ハープの得意な音が耳を刺激する。あるいは、「王女たちのロンド(ホロヴォード)」のシーンでは、ロシアの古い民謡が使われるが、ここにある懐かしさこそストラヴィンスキーの幼年の記憶と同期するものだろうか。そして、「火の鳥の子守歌」は、何と夢見心地にさせてくれる、魔法の音楽なのだろう。
やはり第2部終曲「カスチェイの城と魔法の消滅―石にされていた騎士たちの復活、そして大団円」は極めつけの素晴らしさ。

カルサーヴィナの火の鳥は比類のないでき栄えだった。腕の、頭の、体全体の動きには気品が漂い、抗し難い魅力だ。彼女にはぴったりの役柄である。フォーキンは美男子で、品のいい王子。ただ、この役はマイムが主なので、踊りとしては難しくはない。“不死のコッチェイ”はブルガーコフが演じた。見かけは恐ろしく、マイムの名手にふさわしい優れた効果をあげた。全体として見れば、皆の努力は報われた。コール・ド・バレエはよく踊り、指揮者のガブリエル・ピエルネも含めて全員に向けられた喝采は盛大だった。翌日の新聞には「火の鳥」についての大きな記事が出て、フォーキン、ストラヴィンスキー、ゴロヴィーンの協力の成果が賞讃された。
ストラヴィンスキーについていえば、彼は名を成した。ディアギレフは当然のことながら、自らの見識を誇った。この瞬間からストラヴィンスキーとディアギレフの関係が確立し、それは長く続いた。

セルゲイ・グリゴリエフ著/薄井憲二監訳/森瑠依子ほか訳「ディアギレフ・バレエ年代記1909-1929」(平凡社)P44-45

実に画期的。歴史の証言者になりたかった。

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