朝比奈隆指揮大阪フィル ブラームス交響曲第1番(1994.11.9Live)を聴いて思ふ

私たちは、作品をできるだけ忠実に、難しいことですが、できるだけ成り立ちや形や中身をそこなわないように、仲介者として音に変えそれを聴衆に聴いていただく。そういうことです。そこに演奏者が再創造というような意識は、ほとんどない。
若い時分には、あったと思います。というのは、再創造するというような、こういう定義がないと、演奏という仕事、演奏家というものは、むなしいのじゃないか、芸術家とはいえないのじゃないか。そういう意味で、たとえば「演奏家は、芸術家ではない」というのもあるようにきいています。それに対する抵抗という気持ちがありますので。

「朝比奈隆のすべて 指揮生活60年の軌跡」(芸術現代社)P203-204

昭和56(1981)年11月17日のなにわ塾対話講座の、小石忠男氏との対話の一節が素晴らしい。職人朝比奈隆の本懐。
無機質な楽譜に入魂し、有機化することが演奏だと彼は語る。
その際、どこまでも無私であることを朝比奈隆は理想とするようだ。

ですから、この再創造を極端にいいますと、この演奏者の自我、自己というものが、希薄になっていけばいくほど、私はいい意味での仲介者だと思います。どれが非常に進むと、演奏者の自己というものがゼロになる。ゼロになるということは、作者のものが100%聴衆の所に伝わる可能性があるということになりますので、むしろそういう意図のないことを理想の形にしたいと今でもそう思っていますし、将来もそうしたいと思っています。なかなか難しいことで、先ほど、ちょっと例にしたキリスト教の教義の中の基本になっています三位一体というのをご承知だと思いますが、これは、教えとしてはよくわかるんですが、実際、実感としては大変な信仰がないと非常に難しいことのようです。
~同上書P207

演奏行為においても「空(くう)」の重要性を朝比奈は説く。
そして、彼は続けてかく語る。

私が、いくら悟ったようなことをいっても、自己をゼロにして、作品と一体になって100%の作品を聴衆の所へ伝えるという、伝えようとしているんだという、これには、仲介者から聴衆までの間にある技術というものや、いろんな環境や条件によって、ますます100%ということは難しくなると思います。が、100%たらんとしているということです。
~同上書P207

聖なる芸術作品を、我欲にまみれた俗世界でいかに成就させるか。
涙が出るほどの納得感。一生涯終わりなく、朝比奈隆が死ぬまで舞台に立ち続けた意味、意義がここでもよくわかる。

朝比奈隆のブラームス。まさに職人芸の極み。

・ブラームス:交響曲第1番ハ短調作品68(1994.11.9Live)
朝比奈隆指揮大阪フィルハーモニー交響楽団

25年前、大阪フェスティバルホールでの実況録音。
文字通り自我、自己を極限まで抑制し、ブラームスの作品しか感じさせない、堂々たる風貌。
第1楽章序奏ウン・ポコ・ソステヌートから感動的な重み。そして、自信と風格に溢れる第2楽章アンダンテ・ソステヌートの歌。可憐でありながら重厚な第3楽章アレグレット・グラツィオーソ―プレスト・マ・ノン・アッサイを経て、特筆すべきは終楽章アレグロ・コン・スピリットの、人間的な、気迫に満ちた、スコアの完全ある音化!
地元大阪での、終演後の歓喜の拍手が聴衆の感動と感激を物語る。

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2 COMMENTS

H.Hita

1994年11月9日大阪フェスティバルホールにてこの実演を聴きました。
とかく感情の赴くままに熱くなる演奏が多い(それもアリです)この曲ですが、朝比奈師のは格調高い。
「己を空しゅうして作品に全てを語らせる」一種「悟りの境地」に至ると作品と演奏者が同化してしまう。
その現象を目の当たりにしました。作品と同化するとは演奏者の全人格が曝される事です。スコアは何も弄ってない、しかし第4楽章のクライマックス アレグロ・コン・スピリットのところで全弦楽器が大渦を巻く真ん中から龍が昇天していくのが見えたのです。偉大なるロマンティスト哉!
恥ずかしながら白状しますが、演奏終了直後の甲高い第一声は当方によるものです。
無論、こみ上げたものを抑えきれずの自然発声でした。念の為。

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岡本 浩和

>H.Hita 様

コメントをありがとうございます。その日、その場にいた方でないと決して表現できない言葉に感激です。

>第4楽章のクライマックス アレグロ・コン・スピリットのところで全弦楽器が大渦を巻く真ん中から龍が昇天していくのが見えたのです。

↑なるほど、素晴らしいご体験です。朝比奈御大のコンサートでは、実に様々な感動体験を僕もいただきました。

>演奏終了直後の甲高い第一声は当方によるものです。

いま一度確認させていただきました!(笑)

引き続きよろしくお願いします!

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