アルバン・ベルク四重奏団 ベートーヴェン 弦楽四重奏曲第6番(1980.6録音)

ベートーヴェンは、貴族から年金をもらってもいたが、基本的には作品を出版社に売って生計を立てていたので、完成にまで至った作品は出来るだけ売ろうとした。しかし完成された作品のすべてが出版されたわけではない。
大崎滋生著「ベートーヴェン像再構築1」(春秋社)P76

ベートーヴェンにとって創造活動は、直接的な生活手段であった。
それは当然だ。
長い間、僕はそのことを考えずにいた。
200年も前に生きた人で、存命中はもちろんのこと、亡くなってからも、彼の作品は幾度も演奏され、多くの人々に連綿と聴き継がれてきた。そんな中で、作品自体は独り歩きし、尊敬の対象となっていった。

売り手が決まって作品はようやく創造者の手元から離れる。そこには時間差がある。また、本人、あるいは出版社の作為も入るだろう。当然それぞれの思惑があり、駆け引きがある。創造行為は一つの観点からは神事であるが、別の視点に立つとリアルにパンを得るための仕事なのである。
それと、当時の社会事情。

このように遡っていくと、フランス革命、ナポレオン戦争と続いた時代もまた価値観、世界観の大きな変更を、同時代に生きる人々に迫ったに違いない、ということが理解できる。その後の幾重もの大変革を経るうちに人生に対する意識や価値観そのものも変わり果ててしまった21世紀の人々が、ベートーヴェンの生きた環境にまなざしを向けるとき、まず自らの世界観を意識の上で棚上げし、当該の時代感覚を頭の中で再構築する努力をしなければならない。
~同上書P282

大崎滋生さんの、この言葉に僕はとても納得する。
いわば積もり積もった僕たちの(余計な)知識を、刷り込まれた常識を、一旦横に置いて聴かねばならぬということだ。
そういう視点であらためてベートーヴェンの音楽作品を聴くととても新鮮だ。

ベートーヴェン:
・弦楽四重奏曲第5番イ長調作品18-5(1981.4録音)
・弦楽四重奏曲第6番変ロ長調作品18-6(1980.6録音)
アルバン・ベルク四重奏団
ギュンター・ピヒラー(第1ヴァイオリン)
ゲルハルト・シュルツ(第2ヴァイオリン)
ハット・バイエルレ(ヴィオラ)
ヴァレンティン・エルベン(チェロ)

作品18の四重奏曲は6曲セットで出版されている。
作曲順はバラバラで、イ長調は4番目、変ロ長調は5番目の曲とされる。
本人の独創性と先達の方法とが入れ替わり立ち代わり、初期ベートーヴェンの音調を作っていく。初期アルバン・ベルク四重奏団の方法は、ベートーヴェンの先鋭的なパートを自分たちの方法と同期し、あくまで独創をもって語ろうとするものだ。それゆえに、音楽は熱く、そしてまた、切れ味は抜群だ。

ベートーヴェンが、生活のための糧を得ようと必死だったことが垣間見える。
ただし、それ以上に、周囲や環境を顧みず、本能に従って音楽を生み出そうとする力が働いていたことは間違いないだろう。変ロ長調作品18-6終楽章序奏部は、アダージョ・ラ・マリンコニア。愁える作曲家の思考と、突如切り替わる主部アレグレット・クワジ・アレグロの中で、再現される愁える主題の妙。まるで本人の感情の揺れをそのまま音化したような(革新的)作品が、これほどまでに聴く者の心をとらえる様に、僕はベートーヴェンの天才をあらためて思う。

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