カラヤン指揮ベルリン・フィル R.シュトラウス アルプス交響曲(1980.12録音)

機能的で精密なアンサンブルと冷徹なまでの透明感。
大自然の摂理を謳う交響曲を、これほどまでに外面を錬磨し、機械的に(?)奏でた例が他にあるのかどうか。幾種も耳にした「アルプス交響曲」にあって、いまだこれ以上の名演奏に僕は出逢わない。

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団による録音。
リヒャルト・シュトラウスが、敬愛するフランツ・リストの「山岳交響曲」にインスパイアされ作曲したものだといわれるが、珍しいものも含め数多の楽器が動員される壮大な音楽に、僕はいつも神々しさを覚える。

シュトラウスはヴァイマールに戻ってから、シュティルナーの「唯一者とその所有」をむさぼり読み、印象深い部分をノートに書き移した。「人間が意のままにできるものは何とわずかであろう! 彼が太陽を軌道に沿って動かし、海を波立たせ、山を空に向かって聳えさせねばならないとせよ。彼は征服しがたいものの前に力なく立ちつくす! 巨大な世界に対しては無力だという印象を、彼はぬぐいされるだろうか?」
田代櫂著「リヒャルト・シュトラウス—鳴り響く落日」(春秋社)P96

シュトラウスが、「アルプス交響曲」で描こうとしたのは、巨大な大自然を前にした人間の無力さだという。それは、守銭奴として悪名高かった彼が、音楽創造においては、実に謙虚であったことの証明にもなろう。この作品を、(カラヤンのように)無機質に磨き上げれば磨き上げるほど美しく、また崇高なものに近づくのはそのためだ。

・リヒャルト・シュトラウス:アルプス交響曲作品64
デヴィッド・ベル(オルガン)
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(1980.12録音)

「夜」から「日の出」にかけての、まるで人類の覚醒を描くかのような、カラヤンの紡ぎ出す、一糸乱れぬアンサンブルに裏付けられた、深い呼吸に根づく音楽に僕は惹かれる。大自然を音にしたらば、果たしてこういうものになるのかと想像させるもの。以降、約50分の間、僕は音楽に恍惚となる。録音から40年の時を経ているとは思えぬ、一向に色褪せない音の美。
シュトラウスの大自然讃歌に僕は思わず敬服する。

長年にわたり、私がいつも立ち戻ってきたのは後期シュトラウスです。—それは、一種の、意識の流れの音楽です。ほとんど自由連想のような、内発的な音楽です。
グレン・グールド、ジョン・P.L.ロバーツ/宮澤淳一訳「グレン・グールド発言集」(みすず書房)P366-367

グレン・グールドは「メタモルフォーゼン」や「カプリッチョ」を挙げ、シュトラウス後期作品に対してのこの上ない愛を語るが、そのことは、(私見では)すでに1915年の「アルプス交響曲」にも見られる側面だ。「自由連想」と「内発」とは言い得て妙。

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