デュトワ指揮モントリオール響 ヤナーチェク シンフォニエッタ(1991.10.3録音)ほか

「どんな人間にも、神聖なひらめきというのはあるものだ」とは、晩年のレオシュ・ヤナーチェクの言葉。彼の音楽は、聖なるひらめきと俗なる魂がいわば交信して生み出されたであろう独自のものだ。そこには民謡の音調が聴きとれ、また、正教への信仰が感じとれる。

それぞれの民謡のあらゆる音符に、楽想の断片がある。旋律からたった一つの音符でも省略すれば、それは不完全なものとなり、意味をなさなくなってしまう事がわかるのだ。民謡は、それが生まれる源となった言語と同じくらい美しく、それが歌われる場所や時期、機会や気分によって民謡の旋律とリズムを変化させる。民謡は、心や精神が一致した時に歌われる。

ヤナーチェクは、論文「音楽的な観点からのモラヴィアのフォークソング」の中でそう書いている。
言葉と音楽の一体。心や精神が音楽を奏でるという意味において、ヤナーチェクの作品群は、民謡以上に民謡らしい。

晩年に生み出された「グラゴル・ミサ」の内には、もちろん信仰はある。しかし、これほどまでに俗的な印象を与える音楽の深層には、作曲者自身への民謡への熱い思念があったからなのだろうとあらためて思うのだ。音楽は荒々しく、また開放的だ。
金管群が咆哮し、打楽器が宙を舞うように唸り、またオルガンが地を這うとき、ヤナーチェクのミサ曲は、真に祈りの奥深くまで楔を打ちつける。何という輝かしさ(アニュス・デイ後のトロッターによるオルガン・ソロがまた神々しく、美しい)。

シャルル・デュトワの棒は、本当に鮮烈で、どんな音楽をやっても熱を帯びる。それでいてソフィスティケートされた音感が満場を轟かし、聴いていてまったく飽きがこない。彼の実演を頻繁に聴くことができなくなったことは実に寂しいことだ。

ヤナーチェク:
・グラゴル・ミサ(1926-27)(1991.5.16録音)
・シンフォニエッタ(1926)(1991.10.3録音)
ナタリア・トロイツカヤ(ソプラノ)
エヴァ・ランドヴァ(アルト)
カルディ・カルドフ(テノール)
セルゲイ・レイフェルクス(バス)
トーマス・トロッター(オルガン)
シャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団&合唱団(イヴァン・エドワード合唱指揮)

12本のトランペットが火を噴く「シンフォニエッタ」の奇蹟。
村上春樹の小説で有名になった第1楽章アレグレットの主題も、洗練され、溌剌と迫力をもって鳴り響く。これぞデュトワ&モントリオール交響楽団の真骨頂。第2楽章アンダンテの抒情、そして、第3楽章モデラートの滋味と癒し、さらには、第4楽章アレグレットの活発艶麗な歌に僕は一層心動く。

それに、主題が回帰する終楽章アンダンテ・コン・モートの懐かしさと言ったら!!
ここにはヤナーチェクのモラヴィア民謡への深い憧憬と愛が刻印される。
シャルル・デュトワの指揮は自然体。同時に、色彩豊か。

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