ヨーヨー・マ エマニュエル・アックス ショパン チェロ・ソナタ作品65ほか(1992.6録音)

本来公開される予定のない書簡の類を読むと、その人の心根が赤裸々に刻まれる瞬間多々で、実に面白い。ショパンの書簡もたくさん残されている。その一つ一つが貴重で、時に作品の生まれる背景はもちろんのこと、プライベートな人間関係までもが具に見え、切なくなるくらい。

ショパンの最後の手紙は死の1ヶ月前。

ぼくは悪い方だ。クルヴェイェ、ルイ、ブラシュの諸先生がたの協議の結果、まだどんな旅行もしてはいけない、パリで南向きの部屋を探すべきだと決定した。
あちこち探してたいへん高いのだが、求めているすべての条件が満足するアパートが見つかった。—プラス・ヴァンドーム12番地だ。アルベールの事務所のあるところだ。このアパートを探すのにメイアラ博士がたいへん助けて下さった。

(1849年9月17日付、オーギュスト・フランショーム宛)
アーサー・ヘドレイ著/小松雄一郎訳「ショパンの手紙」(白水社)P503

意気消沈の中に垣間見える微かな希望。それはまるでショパンの音楽そのものだ。1849年10月17日に生を終えた友人の最期の瞬間をマルセリーナ・チャルトリスカ妃殿下が次のように報告する。

わたしたちのかわいそうな友だちの生命は終わりました。—息をひき取る前はたいそう苦しみましたが、我慢強く苦しみに耐え、天使のように運命に従いました。その間あなたの奥さんの看護は、まるでお手本のようでした。神さまが奥さまに大きな肉体的・精神的な力をあたえられました。
(1849年10月17日付、カラサンテ・イエンドジェイェヴィツ宛)
~同上書P504

言葉にならない苦しみ!! 一方で、グジマヴァの、ショパンの葬儀にまつわる報告の中で呟かれる愚痴が現実的で面白い。

モーツァルトの〈レクイエム〉と彼自身の《葬送行進曲》がラブラシュ、ヴィアルド夫人、コンセルバトアール・コンサート・ソシエテの協力のもとに演奏されました。でもわたしどもが生きているこの世の中はどんな世の中だか、あなたにお知らせするために、わたしの手紙の最後に書きますが、歌手たちが2000フランを請求して来たのです。彼らはショパンに敬意を表し、彼らの自尊心からしても自ら進んで彼を記念してなすべきであり、売り物ではないはずなのに。
(1849年10月、ヴォイチェフ・グジマヴァよりオーギュスト・レオ宛)
~同上書P507

誰も自尊心など糞食らえなのだろう。敬意を表するなどもってのほか。所詮、天才の周囲に集まる連中はその程度なのだ。

ところで、19歳のショパンが生み出したピアノ三重奏曲には、天才の閃きが宿る。若書きで、唯一の三重奏曲とはいえ、爽快な、明朗な曲調は、未来への大いなる希望を表わすようだ。1829年、ウィーン滞在中の彼はワルシャワの家族に向け、次のように書いている。

ぼくは2回演奏会をひらいたが、2回目の方が好評だった。事柄はcrescendo(だんだん強く)で進んでいる。—まさにぼくの好むところだ。今夜9時に出発するので、朝のうちにおわかれの挨拶をしてまわらなければなりません。昨日シュパンチッヒが、ヴィーンにこんなしばらくしかいないで立つのなら、またすぐに帰って来なければいけないと、くり返しいってくれた。ぼくは勉強に帰ってくるつもりですといったら、大将は「そんなことなら君は帰って来ることなんか全くないよ」と反論してきました。ほかの人も同意見でした。こんなことは全くお世辞にすぎませんが、聞いて悪い気はしません。みんなはぼくがまだ学校の生徒だとは見てくれません。
(1829年8月19日付、ワルシャワの家族に)
~同上書P48

メロディストたるショパンらしい終楽章アレグレット冒頭のピアノのマズルカ的旋律の喜び。それにしても(ベートーヴェンの四重奏曲の初演を幾度か受け持った)シュパンツィヒの(もはや勉強など不要だという)ショパンへの手放しの賞讃が素晴らしい。

ショパン:
・ピアノ三重奏曲ト短調作品8(1828)
パメラ・フランク(ヴァイオリン)
ヨーヨー・マ(チェロ)
エマニュエル・アックス(ピアノ)
・序奏と華麗なるポロネーズハ長調作品3(エマニュエル・フォイアマン編曲)(1829-30)
・チェロ・ソナタト短調作品65(1845-46)
ヨーヨー・マ(チェロ)
エマニュエル・アックス(ピアノ)
・序奏と華麗なるポロネーズハ長調作品3(1829-30)
エヴァ・オシンスカ(ピアノ)(1992.6.8-10録音)

傑作チェロ・ソナタト短調作品65。積年のショパンの苦悩が昇華され、音の隅々にわたって閃きが刻まれた、生への希望は、(先のトリオのように)若年のときのそれとは明らかに異なるものだ。相変わらずヨーヨー・マの表現力の幅が素晴らしい。ふくよかなチェロの音から染み出す哀感はほかにないもので、アックスの沈みゆくピアノの音色と相まって晩年の傑作が、活力をもって表現される。短い第3楽章ラルゴの安寧が、憂えるショパンの内なる永遠の居場所なのだろうか、(葬送行進曲のトリオの木魂が聴こえるようで)あまりに美しい。

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