シェリング ドラティ指揮ロンドン響 ブラームス協奏曲ほか(1962.7録音)を聴いて思ふ

ブラームスは繰り返し、自分のアイデアを信用するなと注意した。頭のなかで凝り固まってしまったアイデアに執着するあまり、それが知らず知らずのうちに、自由な創作の妨げになってしまうということを、よく経験したものである。ブラームスはこう言った。「ペンというものは書くためでなく、消すためにあるんだよ。でも気を付けるんだ。一回書いてしまうと、消すのは難しいものだ。もし書いてしまったものが、うまくいかないという結論に至ったら、それ自体は良いものでも、あまり深く考えずにスパッと消してしまいなさい」。そんなパッセージを温存してすべてを台無しにすることがどんなに多いことか。
(グスタフ・イェンナー「ブラームスとの日々」)
日本ブラームス協会編「ブラームスの『実像』—回想録、交遊録、探訪記にみる作曲家の素顔」(音楽之友社)P53-54

弟子に対するブラームスの言葉は実に的を射る。
しかし、自分事となると、当のブラームスはつい気が小さくなってしまうようだ。基本的には臆病なのである。いかにも人間らしい。
推敲に推敲を重ねられたヴァイオリン協奏曲は、稀代の名曲だ。

彼はヨアヒムに独奏パートの譜面を送って助言を求めた。「もし君が一言でも意見を述べてくれれば満足だ。たとえば難しいとか、決まってないとか、演奏不可能などと記入してくれれば・・・」。ヨアヒムの返事はおおむね好意的なものであったらしいが、このやりとりで、ブラームスが作品に対する自信のなさを露わにしているところが面白い。
三宅幸夫「カラー版作曲家の生涯 ブラームス」(新潮文庫)P130

さすがに非の打ちどころのない(外へと拡がる)作品を前に、僕は天才の慎重さをあらためて垣間見る。
ヘンリク・シェリングがアンタル・ドラティ指揮ロンドン交響楽団をバックに録音した協奏曲ニ長調は、中庸の、しかし、熱を帯びた非凡な名演奏。独奏楽器の旋律は常に泣き、オーケストラは一部の隙もなく追随する。

・ブラームス:ヴァイオリン協奏曲ニ長調作品77
・チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲ニ長調作品35
ヘンリク・シェリング(ヴァイオリン)
アンタル・ドラティ指揮ロンドン交響楽団(1962.7録音)

チャイコフスキーが一層素晴らしい。
特に、第2楽章カンツォネッタの憂愁。繊細で崇高なヴァイオリンが囁く。アタッカで続く終楽章アレグロ・ヴィヴァーチッシモ冒頭の民族的なうねりの音。ヴァイオリンが叫ぶ。

全盛期のシェリングはグァルネリ・デル・ジュスとストラディヴァリを2丁用ケースに入れて持ち運び、交替で使った。「幸いなことに、ストラディヴァリのトーンは十分に暗く、グァルネリの方は十分に明るかったので、楽器を替えるに際して迷いはなかった」とシェリングは語っていた。
(タリー・ポッター「ヘンリク・シェリング 偉大なるポーランド人ヴァイオリニスト」)

耳の良さは随一なのだろう。曲想に合わせてヴァイオリンを使い分けるシェリングのヴァイオリンはどんなときも安心感がある。

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