実際、IBCスタジオでレコーディングを行っているその最中にも、タウンゼントひとりが帰宅するということもめずらしくなかった。彼は自宅で新曲を書き上げ、デモ・テープを完成させると、翌朝、バンドのメンバーにそれを聴かせるのだった。メンバーの理解の下、タウンゼントはこんな風に単独で準備を進めていったわけだが、その成果も、ひとたびスタジオに持ち込まれ、メンバーの手にかかると瞬く間に“バンド”の作品にかたちを変えていった。「TOMMY」はまるで生きているかのように日々変化を遂げていったのである。
(マット・ケント/若月眞人・桑島圭子訳)
~UIGY-7055/6ライナーノーツ
ザ・フーの恐るべき技量を示す言葉であると同時に、ピート・タウンゼントの泉の如く湧き出る奇蹟的な創造力の凄絶さを物語るエピソードだ。アルバムに収録されたタウンゼント単独によるデモ演奏を聴けば、そのことは一聴わかる。各々の楽曲のシンプルでありながら格調の高さに僕はいちいち感銘を受けるが、何より、タウンゼントのアイディアの時点ですでに作品の骨格は決まっていたことに驚きを隠せない。
50年以上前の作品とは思えぬ「新しさ」。
心躍る楽曲の内なるエネルギーに感嘆(外に向けての解放はバンドの音に引けを取るが、音楽そのものの純粋な力という意味ではデモ版に軍配が上がるかも)。まずは、タウンゼント単独によるアコースティック・デモ(収録されるのは、”It’s a Boy”, ”Amazing Journey”, “Christmas”, Do You Think It’s Alright”, Pinball Wizard”の5曲)を聴くが良い。
・The Who:Tommy (Deluxe Edition) (2004)
Personnel
Roger Daltrey (vocals, harmonica)
Pete Townshend (vocals, guitar, keyboards, banjo)
John Entwistle (bass, french horn, vocals)
Keith Moon (drums, vocals)
当時、バンドの状態は良かったものの、興行という意味では切羽詰まっていたそうだから、もしこの”Tommy”がヒットしなかったら、バンドは解散の憂き目にあう可能性もあったというのだから、火事場の馬鹿力とでもいうのか、メンバーの潜在的な能力の凄さにあらためて感動する。
バンドの面々は自分たちが何か特別な作品を生み出したことを実感していた。パブを出たタウンゼントはムーンにこんな風に語ったという。「キース、俺たちはとんでもない成功をものにしたんだ。」ドラマーの返事は実に簡潔だった。「やったね。」
~同上ライナーノーツ
キース・ムーンの偽りのない、無邪気な言葉がいかす。
アルバムに関してはここで僕が何かを語るまでもない。半世紀以上を経た今も燦然と輝く、ロック史上最大の作品の一つである。
[…] ※過去記事(2020年10月28日)※過去記事(2017年1月15日)※過去記事(2014年4月5日) […]