ホロヴィッツ トスカニーニ指揮NBC響 ブラームス ピアノ協奏曲第2番(1940.5.9録音)ほか

最晩年のヨハネス・ブラームスと盟友ヨーゼフ・ヨアヒムの対話の中には次のような箇所がある。ヨアヒムは言う。

「ブルワー=リットンはインドである老僧に出会ったが、この僧は東洋の教えに見事なまでに通じていた。この有名作家が述べるところの多くの“永遠の真理”は、この僧を通して自分のものにしたのだという。その一つが、彼が英訳してくれたこのささやかな詩に体現されている。作家によると、詩の作者はおそらく老子だという。中国の哲学者にして、道家として知られる古代宗教の創始者だ。ブルワー=リットンがかの仏僧から伝え聞いたことを、作家自身の言葉で引用してみよう。
「老子が生きていたのは紀元前約500年で、孔子よりはるかに偉大な人物だ。それにも関わらず、孔子ほどには知られていない。孔子が創始した儒教は宗教ではなく、この世の処世訓を示す道徳律だ。イエスのように正直であれと説いており、多くの点からみて素晴らしい。だが、神や死後の世界については何も触れていない。一方で、老子は大変に宗教的な人物だ。肉体の死後の世界や万能の力というものを固く信じており、その力の上で、我々はこの世にあって自分自身を成長させることができる。500年後のイエスと同じく、彼はこの力を霊と呼び、確信を持ってこう語った。『我々は霊を定義できないが、自分のものとすることはできる』」。
「まさにその通り!」ブラームスが声を上げた。「作曲する時はいつも、あの同じ霊を自分のものとしていると感じる。イエスがしばしば言及していたものだ」。

アーサー・M・エーブル著/吉田幸弘訳「大作曲家が語る音楽の創造と霊感」(出版館ブック・クラブ)P21

良知良能、あるいは全知全能は、天才だけに与えられたものでなく、誰もの内にあるものだ。それにしても百数十年前の欧州楽壇にあって、東洋の偉人・聖人が話題に上がっていることが興味深い。ヨアヒムはまた次のようにも語る。

それに《ピアノ協奏曲第2番変ロ長調》の暖かさと色彩はどうだ! ベートーヴェンの《第5番変ホ長調「皇帝」》にも敬服する。ピアノの扱い方が君よりも勇壮で、かつ高度な技巧を要求するものになっている。しかし私は、君の《変ロ長調》に軍配を上げる! あらゆるピアノ協奏曲の中で最高の作品だと思う。そうだ、本来これは協奏曲というより、ピアノのオブリガート付交響曲と呼んだ方がふさわしいが、いずれにせよ今19世紀の傑出した交響的作品の一つだ。
~同上書P101-102

ヨアヒムが激賞するブラームスのピアノ協奏曲第2番変ロ長調、中でも第3楽章アンダンテの、涙する人を幾度も目撃したという、独奏チェロが優しく旋律を奏でる箇所のあまりの美しさよ。
ホロヴィッツが義父トスカニーニ指揮するNBC響をバックにカーネギーホールにてセッション録音した演奏が、今なお古い録音を超えて共鳴、共振する。

・チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番変ロ短調作品23(1941.5.6&14録音)
・ブラームス:ピアノ協奏曲第2番変ロ長調作品83(1940.5.9録音)
ウラディーミル・ホロヴィッツ(ピアノ)
アルトゥーロ・トスカニーニ指揮NBC交響楽団

オーケストラの歯切れ良いアタック、そして相変わらず強靭なタッチを誇るピアノ。
激し、燃え盛る第1楽章アレグロ・ノン・トロッポ。テンポはいつも通り速めだが、推進力高い演奏は、高貴な温かさ(決して冷たい、即物的な音調ではない)と色彩を保つ。続く、第2楽章アレグロ・アパッショナートは文字通り情熱を前面に押し出した技巧的に長けた表現。そして、件の第3楽章アンダンテの静かな官能は、管弦楽の前奏に続いて独奏ピアノが初めて音を奏でる瞬間に最初の恍惚の表情を示す。嗚呼、麗しき哉。
それにしても、喜び溢れる終楽章アレグレット・グラツィオーソに独裁者トスカニーニのほころぶ顔が思い浮かぶ。

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