イーンド リプトン ロイド ハレル ワルター指揮ニューヨーク・フィル ベートーヴェン 交響曲第9番「合唱」(1949&53録音)

ここに2つのディスクがある。双方ともブルーノ・ワルター指揮ニューヨーク・フィルハーモニックによるベートーヴェンの交響曲第9番ニ短調。

1949年、ワルターはニューヨーク・フィルとベートーヴェン・ツィクルスを敢行した。特に「第九」は当時の傑出した独唱者たち(エレナー・スティーバー、ナン・メリマン、ラウール・ジョビン、マック・ハレル)とともに演奏され、好評を博したという。しかし、いざ録音に残そうとした段階でスティーバーのマネージャーが法外な条件を出してきたことでもめたため、仕方なく別のソプラノ(イルマ・ゴンザレス)を代役として登用し、ようやく録音される運びとなった。これがワルター最初のベートーヴェンの交響曲第9番である。

・ベートーヴェン:交響曲第9番ニ短調作品125「合唱」(1949.4.16&5.4録音)
イルマ・ゴンザレス(ソプラノ)
エレナ・ニコライディ(コントラルト)
ラウール・ジョビン(テノール)
マック・ハレル(バリトン)
ウェストミンスター合唱団(ジョン・フィンリー・ウィリアムソン合唱指揮)
ブルーノ・ワルター指揮ニューヨーク・フィルハーモニック

この1949年録音の最終楽章には非常に魅力的な箇所もある—例えばハレルの「おお友よ」の見事な安心させるような入り、弦の多くの活気あるパッセージ—けれども、全体は期待外れである。音は混濁し、イルマ・ゴンザレスは申し分ない歌を聴かせてはいるが、スティーバーが実演でソプラノ・パートにもたらした恍惚とさせる特徴はほとんどなかった。ワルター自身も出来上がりは「悲惨」だと感じ、原因は部分的にはホールの「障害」にあるとした。「合唱は男声が女声に対して優位になるように配列されました」と彼はコロンビア・レコードのゴダード・リーバーソンに書いている。「マイクロフォンの配置は、独唱も合唱も、どの声に対しても不利だったに違いなく、私の責任としましては、セッションの終わりのプレイバックでもそうした不備を見つけることがまるでできませんでした。」1953年、ワルターはコロンビア・レコードを説得して再録音を行い(独唱はフランシス・イーンド、マーサ・リプトン、デイヴィッド・ロイド、マック・ハレル)、旧録音を購入していた人には無料で提供した—そこには不行き届きな旧盤をコロンビア・レコードに返却して出回らないようにするという条件がついていた。
エリック・ライディング/レベッカ・ペチェフスキー/高橋宣也訳「ブルーノ・ワルター―音楽に楽園を見た人」(音楽之友社)P465-466

録音にまつわるエピソードを知るにつけ、後世の僕たちがブルーノ・ワルターのほぼ同時期のいわば2つの「第九」を享受することができるという事実は、偶然であろうと必然であろうと幸運だったと言えよう。
確かに先の指摘通り、終楽章の最初の録音は緻密でなく、粗っぽい印象に支配される。それはもはや録音の仕業だと思えるが、ワルターが「悲惨」だと感じ、数年後に録音し直し、あらためて世に問おうとした事実に頭が下がる。レコード芸術というものが一ジャンルを成し、貴重だった時代だからこその「仕事」なのだと痛感する。

猛烈な推進力、ほとんど崩壊するままに突き進む終楽章、特に後半部は、聴きようによっては一発録りのライヴさながらの熱狂的演奏だとも聴きようによってはとれるところが興味深い。ただ1回きり聴くのだと想定するならこの「第九」の価値はそれなりにあるように僕は思う。

そして、終楽章だけ再録音され、差し替えられたディスクの輝きは、確かに旧盤とは違い、ワルターらしい、実に雄渾な「第九」として君臨する。

・ベートーヴェン:交響曲第9番ニ短調作品125「合唱」(1949.4.16&1953.3.7録音)
フランシス・イーンド(ソプラノ)
マーサ・リプトン(メゾソプラノ)
デイヴィッド・ロイド(テノール)
マック・ハレル(バリトン)
ウェストミンスター合唱団(ジョン・フィンリー・ウィリアムソン合唱指揮)
ブルーノ・ワルター指揮ニューヨーク・フィルハーモニック

速めのテンポで颯爽とうねる第3楽章アダージョ・モルト・エ・カンタービレの美しさ。そして、新たな終楽章はまず圧倒的に音が良い。この時期のわずか数年の録音技術の進歩にも目を瞠るものがある。全体を通してワルターらしい生気に満ちた堂々たる表現だが、例えば冒頭レチタティーヴォの低弦の生々しさに心が動く。旧録音に比して圧倒的な差があり、これはブルーノ・ワルターが残した渾身の演奏であり、随一の録音であると断言できるだろう。

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