朝比奈隆指揮日本フィル ブルックナー 交響曲第4番「ロマンティック」(1980.5.12Live)

朝比奈隆のブルックナーは唯一無二だと思う。

朝比奈御大が東京カテドラル聖マリア大聖堂にてブルックナーの交響曲選集を披露したのは1980年と83年のこと。あれから40余年が経過する。そしてまた御大が逝ってすでに20余年が過ぎる。
それにしても、朝比奈のブルックナー録音についてはいまだ新鮮さを失わず、それどころか年月を重ねながらますます熟成されて行くようだ。少なくともブルックナーに関し、朝比奈の基本スタンスは終生変わることはなかったが、時期ごとにスタイル、というか印象は随分変化した。日々、毎瞬、御大は舞台に命を懸けた。目の前の作品に全てを捧げた朝比奈の演奏は、近い時期においても印象が大きく変わることがあった。

今こうして1980年の、東京カテドラルでの伝説のコンサートの模様をあらためて聴き、振り返って思うのは、やっぱり「新しい」ということだ。

小石忠男さんは次のように書く。

興味深いことに、ここで演奏した5つのオーケストラは、すべてがそれぞれの技術的、交響的個性を明らかにしながら、朝比奈の音楽とソノリティをひびかせている。しかも朝比奈は大聖堂の長大な残響にふさわしいテンポをとり、パウゼをとり、デュナーミクの配分とパート間のバランスをとる。そのためか弱音の効果は常よりも極端になり、最強音は強さよりも空間的なひろがりを生み出しているようである。そこにブルックナー特有のオルガン的な色彩が、輝かしく示されている。
NCS-631~634ライナーノーツ

朝比奈の普段の解釈に一層の磨きがかけられることになったカテドラル・シリーズは、大方の予想を裏切り(?)決して当たりとは言い難かった(それは、当たりでもあり、またはずれでもあった)。同じく宇野功芳さんはこのシリーズについて次のように書いた。

あの長大なエコーを伴なったコンサートには一長一短あり、聴く席によっても印象は大いに異なったが、一つの試みとしては成功であったと思う。細部がはっきりしないとか、高弦が減衰しすぎるとの不満もあったが、残響の美しさと、木管、ホルンのソロ、ピッチカートの雰囲気などは無類であった。ただ、あまりにもふだん聴きなれている響きと違うので、演奏の良し悪しを判断する物指しが狂いがちだったことには閉口したが・・・。
~同上ライナーノーツ

朝比奈のブルックナーを発見した宇野さんも手放しの賞賛を贈っていないところがミソだろうか。その後、この企画が続かなかったことを考えると、結果的に批判的な意見の方が多かったのかもしれない。ただそれでも1983年当時、2度目の試みは、上京まもない少年であった僕にとっては一世一代の、かけがえのない特別な体験だったことは間違いない。

・ブルックナー:交響曲第4番変ホ長調「ロマンティック」
朝比奈隆指揮日本フィルハーモニー交響楽団(1980.5.12Live)

このシリーズの劈頭を飾る第4番「ロマンティック」は、文字通り浪漫の色彩絶えない美しい響きをもたらすもの。第2楽章アンダンテ・クワジ・アレグレットなどどちらかというと温かみのある優しい音楽に溢れ、涙が出るくらい。それにしても素晴らしいのは終楽章の宇宙的鳴動。

音楽の演奏について論じるのは、大変むずかしい仕事である。これをやるには、まず、演奏に関する判断はほとんどすべて、相対的な論議の域を出ないことを覚悟してかかる必要がある。演奏は、時代によってちがい、場合によっては民族によってもちがい、同じ時代、民族のなかでも各演奏家によってもちがう。さらに同じ演奏家でも、同じ曲をいつも同じく演奏するとは限らない。
もちろん「いろいろとちがう」というだけでは、だから「正しいものはない」ということにはならない。私のいいたいのは、もっと積極的に、この「さまざまのちがった解釈がありうる」という事実にこそ、演奏を論ずる手がかりがあるということなのだが、しかし、こうして明らかにされてゆくものを論ずるのは、大変むずかしい仕事だ。演奏は時代によってちがう。各時代は、それぞれ別の演奏の理想をもつと、いいなおしてもよい。それというのも、結局は、人びとが《音楽》に求めるものが、時代によってちがうからである。音楽の評価の仕方が、それぞれの時代でちがうといってもよい。だが、それは《音楽》に関する何も彼もが、みんなちがうということでもない。

「吉田秀和全集4 現代の演奏」(白水社)P9

禅問答のような吉田さんの論説は、しかし的を射ていると僕は思う。
ちなみに僕が、こういう拙記事を何年も飽きずに書き続けているのは、ある種マスターベーションのようなもので、聴く者の主観の域から出るものではない。賞讃もありまた批判もあり、それこそが音楽の、演奏の多様性なんだとつくづく思うのである。だからこそ面白く、また終わりがない。すべては所詮戯言だけれど。

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