Round Midnight Soundtrack produced by Herbie Hancock (1986)

どんな世界も人為的なシステムの中にあることを忘れてはならない。
しかし、すべてに天意が働き、生きとし生けるものすべてが大いなる宇宙の中の大きな存在であることも同時に思い出すべきだろう。すべては安心の中にある。

1987年のアカデミー賞作曲賞は、ベルトラン・タヴェルニエ監督の「ラウンド・ミッドナイト」のサウンド・トラックを作曲したハービー・ハンコックに与えられた。バド・パウエルをモデルに、デクスター・ゴードンが主演したこの映画は、実話をもとにしたものだけに、映画の全編に亘って輝かしいオーラに充ちていた。既存の曲のアレンジ中心とはいえハンコックの音楽も秀逸で、ストーリーの描写に一層の箔をつけ貢献していると思う。

・Round Midnight Soundtrack produced by Herbie Hancock (1986)

Personnel
Herbie Hancock (piano)
Ron Carter (bass)
Tony Williams (drums)
Bobby McFerrin (vocal)
Dexter Gordon (tenor saxophone)
Pierre Michelot (bass)
Billy Higgins (drums)
John McLaughlin (guitar)
Chet Baker (vocal & trumpet)
Wayne Shorter (tenor saxophone, soprano saxophone)
Bobby Hutcherson (vibes)
Lonette McKee (vocal)
Freddie Hubbard (trumpet)
Cedar Walton (piano)

ハンコックの自伝に、「ラウンド・ミッドナイト」の音楽制作にまつわる経緯が詳しく書かれている。それを読めば、ハンコックの天才と諸々の奇蹟の連続があの偉大なサウンド・トラックを生み出したことがわかる。極めつけは、録音から3年後に急逝するチェット・ベイカーとの奇蹟の協演だろう。

チェットには特定の日時を指定せず、向こう2週間のあいだにいつでも来てくれればいい、こちらはそれに合わせるから、と言っておいた。あいにくチェットは長い一日の終わりに姿を現した。私はどうやってみんなにもう一度やる気を出させようかと考えた。彼に今日は撮り終わったから別の日に来てくれと言うことはできないし、いっぽうでミュージシャンたちは楽器をケースにしまい始めている。私は急いで彼らのところに行き、「みんな、ちょっと聞いてくれ。なんと、あのチェット・ベイカーが来てくれたんだ! いまならやれる。彼と一緒に録音しよう!」と言った。めったにない貴重な機会だということを強調したわけだが、それが功を奏したようだ。
私たちは再びステージの上に集まった。私はみんなのスタンドに譜面を配った。ピアノに向かって坐り、カウントをとろうとしたとき、チェットが譜面を読めないことを思い出した。“しまった!”。彼に恥をかかせたくない。どうしたらいいだろう? みんなは早く撮り終えて帰りたがっており、私が始めるのを待っている。
そのときチェットが言った。「最初にみんなで演奏してくれないか? おれはそれを聴いているから」

川嶋文丸訳「ハービー・ハンコック自伝 新しいジャズの可能性を追う旅」(DU BOOKS)P308

まさにインタープレイともいうべきジャズメンたちの人生をかけた阿吽の呼吸に、そもそもこうやって成立したアルバムがオスカーをとる運命にあったのだと言えなくもない。そうして、ハービー・ハンコックは数年後、アカデミー賞作曲賞を獲得した。

ベット(・ミドラー)はまず、いろんなジョークでみんなを笑わせた。そのなかでは「私はこの賞のプレゼンターになれてとても名誉に思うわ。なぜなら、この“スコアリング”の部門が大好きだからよ」というジョークが印象に残った。彼女がノミネートされた5人の名前を挙げ始めると、私は“いよいよだな”と思った。そして・・・封筒を開けて「オスカーを受賞するのは」と言ったあと・・・信じられないことに、彼女は私の名前を読み上げた。それが聞こえたのか聞こえなかったのか、よく分からなかった。周りから拍手喝采が沸き起こった。私はジジにキスをし、申し訳ないと思いながらジェリー・ゴールドスミスの前を通って通路に出てステージに上った。
~同上書P323

オスカーの発表の際の緊張と喜びの思い。
大方が「ミッション」のスコアを書いたエンニオ・モリコーネが受賞するだろうと予想していた中での快挙だったのだが、一方のモリコーネにも相応の思いがあったようだ。

—アメリカ映画はあなたのつれない態度を恨んでいると思いますか?
モリコーネ 思わないよ。ただ、87年『ミッション』でオスカーが獲れなかったときにひどく気分を害したのは事実だけどね。敗北感のせいじゃない。ベルトラン・タヴェルニエ監督の『ラウンド・ミッドナイト』(86)が受賞したからなんだ。ハービー・ハンコックのアレンジは見事だったけれど、音楽の大半はオリジナルじゃなかった。もちろん、陰謀があったとは思わないけれど、ホールにいたひとたちも、あのときは明らかに反発していたよね。
でも本当のことを言うと、ある時期にアメリカ映画との関係を控えめにしたのはわたしの判断だったんだ。それは、はっきりした理由があってのことだった。

エンニオ・モリコーネ/アレッサンドロ・デ・ローザ著 石田聖子/岡部源蔵訳 小沼純一解説「あの音を求めて モリコーネ、音楽・映画・人生を語る」(フィルムアート社)P178

恨み辛みではないが、心の葛藤、感情の浮き沈み、人間模様が日夜至る所で繰り返されている証のようなエピソードであり、それこそすべてが予め設定された幻のドラマのようであることを思い知る。

ローランド・ジョフィ監督による「ミッション」は素晴らしい映画であり、そのサウンド・トラックを作曲したモリコーネの音楽はすべてが目に見えるようで美しい。

・The Mission Ennio Morricone Original Soundtrack from the Motion Picture (1986)

昨今は、旋律だけを創造し、アレンジなどは他人に任せる映画音楽作曲家が多いそうだ。そのことに対し、疑問を呈するモリコーネは、すべてを自らの手で一から生み出した。音楽に良し悪しはないのだが、人間の深層の「私が正しい」という思念は、どれほどの天才であっても拭い去れるものでないことがわかった。
僕にとってはこれら2つの映画は学生時代の思い出と共にあり、音楽も双方が実に懐かしく、そして良いと言い切れる(さすがにオスカーにノミネートされた作品たちよ)。

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