ルービンシュタイン トスカニーニ指揮NBC響 ベートーヴェン ピアノ協奏曲第3番(1944.10.29録音)ほか

壮年時代、吉田秀和さんがアメリカを訪問し、そこで聴いた(見た)数多の音楽家のことについて詳細に報告されているエッセイ(?)が実に面白い。

僕と一緒にきいた日本の人は、十何年もニューヨークに住んでいて今度はじめてトスカニーニの実演がきけたといって感激していた。その時は僕がはじめて彼の練習をきいた時だったが、楽員がステージの上に揃って、てんでに楽器の調子を整えていたが、やがてステージの横からSilent!という声がかかると、それこそ水を打ったようにステージも客席もしんとしてしまう。西洋人というものは驚くほどおしゃべりなもので、集まると終始何か彼にかしゃべっているが、この時はぱたっと沈黙してしまった。やがて黒い詰襟服を着た小柄な老人がのこのこ出て来て、指揮台の廻りに立ててある低い柵につかまって、どっこいしょとばかり上る。そうして楽員を一わたり見廻したかと思うと、ぱっとバトンを上げる。音楽がはじまる。
「吉田秀和全集8」(白水社)P87

まるでリハーサルのその場に居合わせるかのような錯覚を覚えるほどの、最晩年のトスカニーニの様子を克明に描写する報告に、老巨匠が楽団員から神のように崇められていたことが手に取るようにわかる。
NBC交響楽団にとってアルトゥーロ・トスカニーニは確かに神だった。

第二次世界大戦中の録音。
音楽に強烈な力が漲る。
トスカニーニの棒は、協奏曲でもやっぱり火を噴き、独奏者を鼓舞し、華麗な名演奏が生まれる。相変わらず色気のない音響でありながらも旋律は見事に歌う。

ハイフェッツをソリストに据えたベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲。
繊細かつ先鋭的なヴァイオリン独奏を支えるオーケストラの大らかなで芯のある音に感激する。第1楽章のカデンツァはアウアー/ハイフェッツによるもの、また第3楽章のカデンツァはヨアヒム/ハイフェッツのものだ。

ベートーヴェン:
・ヴァイオリン協奏曲ニ長調作品61
ヤッシャ・ハイフェッツ(ヴァイオリン)
アルトゥーロ・トスカニーニ指揮NBC交響楽団(1940.3.11録音)
・ピアノ協奏曲第3番ハ短調作品37
アルトゥール・ルービンシュタイン(ピアノ)
アルトゥーロ・トスカニーニ指揮NBC交響楽団(1944.10.29録音)

一層素晴らしいのはルービンシュタインとの初共演となったピアノ協奏曲第3番(カデンツァはベートーヴェン自作のものにブゾーニが補筆したもの)。
第1楽章アレグロ・コン・ブリオ冒頭管弦楽の呈示部からトスカニーニの思念は確固とした祈りに充ちていることか。音楽の質は十分重い。そして、ルービンシュタインのピアノも最初から堂々たるもので、何と心地良い、情熱のベートーヴェン!白眉は第2楽章ラルゴ。青春のベートーヴェンの、優雅で夢見るような音楽に、ルービンシュタインのまるでその夢を破るような明快なピアノが歌う。終楽章ロンドは弾ける愉悦。

ちなみに、本演奏の最初のリハーサルでは、ルービンシュタインにトスカニーニの意図が伝わらず、どうにもぎこちないものに終始したらしいが、そこはトスカニーニ、2回目のリハーサルではばちっと合う見事な演奏になったのだという。

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