ロストロポーヴィチ ブリテン指揮モスクワ・フィル ブリテン チェロ交響曲(1964.3.12Live)ほか

一曲一曲がきわだち、個と世界に向き合ったモニュメントとしての交響曲群を残したということで、彼(ヴォーン・ウィリアムズ)がマーラー、シベリウス、ショスタコーヴィチという20世紀の偉大な交響曲作家の系譜につらなることを忘れてはならない。
その彼の後継となれば、ブリテンということになろう。アマチュアリズムを尊び、オールドバラという辺境の町に根ざしてコミュニティを栄えさせた彼は、民謡の編曲も手がけているが、ヴォーン・ウィリアムズにたいするスタンスは好意的ではなかった。本格的な交響曲は書かず、オペラで成功した彼は、たしかにヴォーン・ウィリアムズとは対照的だ。ヴォーン・ウィリアムズに加えられる批判に、イギリス音楽界を大陸側の進歩的趨勢から遠ざけたというものがあるが、彼がラヴェルに師事して突破口を見出したように、ブリテンが望んだベルクへの師事がもし実現したらどうなっていたか―それは、音楽の歴史のifであろう。

サイモン・ヘファー著/小町碧・高橋宣也訳「レイフ・ヴォーン・ウィリアムズ 〈イギリスの声〉をもとめて」(アルテス)P235

個性というものの正否を云々すること自体ナンセンスだ。思想そのものは人間が創り出したシステムの一角に過ぎず、音楽の方向性も他人が是非を測れるものではない。
歴史の「たられば」を問う前に、それぞれの音楽を認め、受け入れることが大切だろう(英国には古来潜在的に大陸へのプライドと、それの裏返しのコンプレックスが同居していたのかもしれない)。

無神論者ヴォーン・ウィリアムズの交響曲は素敵だ。遠く極東にあっても、大英帝国の高貴な音楽が即座に共有できる現代にあって、ブリテンの音楽だってもちろん素晴らしい。果たしてヴォーン・ウィリアムズの音楽が大陸の趨勢の影響を受けていないのかと言えば、私見では否(彼の書いた進歩的な交響曲、特に第4番以降の革新を聴けばわかる)。単に二人の立ち位置が違っていたから想像される音楽の種類が違っただけだろうと僕は思う。

ベンジャミン・ブリテンがロストロポーヴィチに捧げた作品。
ブリテンの伝記を残したデイヴィッド・マシューズは、ブリテン生誕100年記念の年に次のように書いている。

ブリテンは、無垢の世界に留まっていたいという自らの願望を表現するためだけでなく、いかに無垢が経験によって損われるかを示すためにも少年の声を用いた。多くの点で、ブリテンは大人の世界には馴染んでいなかった。もっとも、ヴァイオリン協奏曲、3つの弦楽四重奏曲、チェロ交響曲など器楽の代表的な作品は、世界に対する完全に成熟した反応を示してはいる。この反応は、時に暗く不安だが、同時に和解と喜びを示してもいる。
デイヴィッド・マシューズ著/中村ひろ子訳「ベンジャミン・ブリテン」(春秋社)vii

音楽的才能のほかにブリテンが環境から後天的に学習した不安や不信という負の側面を無垢というなら無垢と表現して良いだろう。無垢はときに牙をむき不安を呈し、ときに明朗な歓喜を発露する。それこそブリテン芸術の二面性なんだと思う。

ブリテン:
・無伴奏チェロ組曲第1番作品72(1964)(1966.2.16Live)
・無伴奏チェロ組曲第2番作品80(1967)(1968.11.11Live)
・チェロと管弦楽のための交響曲作品68(1963)(1964.3.12Live)
ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(チェロ)
ベンジャミン・ブリテン指揮モスクワ・フィルハーモニー管弦楽団

いずれもモスクワ音楽院でのライヴ録音。
中でも、チェロ交響曲作品68は世界初演の記録であり、素晴らしい(僕の誕生日の10日前!)。ロストロポーヴィチのチェロが自由自在に飛び跳ねる。まるで自分自身の手足のように自由闊達で、作品そのものが喜んでいるように響く。まさにマシューズの言葉通り、ブリテンの内なる不安と解放、愉悦を見事に包括した表現で、音楽をすることの楽しさを謳歌する名演奏だと思う。

客席にはショスタコーヴィチとハチャトゥリアンの姿もあり、曲は熱狂的に受け入れられて最終楽章がアンコールされた。チェロ交響曲もまた、ブリテンの悲劇的調性、ニ短調で書かれている(そもそもブリテンがニ短調を悲劇と結びつけたのは、ベートーヴェンの交響曲第9番によるのか、それともマーラーの第9番だったのか?)。
~同上書P176

第3楽章アダージョと終楽章パッサカリアのブリッジとなる華麗なカデンツァから音楽はみるみる光輝を放ち、コーダの恍惚のひらめきに驚きの色香を感じる(おそらくそれはロストロポーヴィチの表現技術によるものだろうが)。
無伴奏チェロ組曲はもちろんバッハ以来の美しさ、高貴さ!(またいずれ書こう)


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