キング リザネク ニーンシュテット アダム ニルソン ブルマイスター ベーム指揮バイロイト祝祭管 ワーグナー 楽劇「ワルキューレ」(1967.7&8Live)

カール・ベームのライヴは前のめりで推進力に富み、大概素晴らしい。

巷間評価の高いバイロイト音楽祭での「指環」は、おそらく劇場で体感していたらば、身震いするほどの感動と歓喜を得られたのだろうが、録音だとどういうわけかスケールが小さく感じられ、今一つ心に響かないというのが、今の僕の正直な感想だ。

楽劇「ワルキューレ」を「ながら聴き」ながら、ここのところ時間があるたびに耳にしていた。歴史的なパフォーマンスに違いはないのだが、やっぱり何かが足りないのである。

しかしながら、この録音の価値はビルギット・ニルソンのブリュンヒルデにあると、第2幕を聴いてあらためて思った。第4場以降のジークムントとジークリンデのやりとり、そこに絡むヴォータン(テオ・アダム)とブリュンヒルデの父娘の骨肉の争い(?)におけるリアリティある歌唱こそニルソンの真骨頂。

ブリュンヒルデ
この馬に乗って! あなたを助けるわ! 
(彼女はジークリンデを急いで、脇の峡谷の傍に置いておいた自分の馬に乗せ、一緒にすぐに消える)
(暗雲が中央で割れ、たおれたジークムントの胸から槍を抜いたフンディングがはっきりと見える。ヴォータンは暗雲に囲まれて、後の岩の上で槍にもたれ、ジークムントの亡骸を辛そうに眺めながら、立っている)

ヴォータン(フンディングに)
行け、奴隷よ! フリッカの前にひざまずけ!
彼女に告げるのだ、ヴォータンの槍が
彼女の名を汚した原因の復讐を果たしたと!
行け! 去れ!
(彼が軽蔑して手を一振りすると、フンディングは死んで倒れる)
ヴォータン(突然、激しく怒りだす)
しかしブリュンヒルデは! 命令に背いた女に災いあれ!
その生意気な女に厳しい罰を与えるぞ。
わしの馬が逃亡する彼女に追いついたなら!
(彼は稲妻と雷とともに消える。—幕が素早く下りる)

井形ちづる訳「ヴァーグナー オペラ・楽劇全作品対訳集2―《妖精》から《パルジファル》まで―」(水曜社)P87-88

表裏一体たる愛と憎しみを超えるのは、真の慈しみだ。
そして、何とかそれを示唆しようとしたブリュンヒルデは、終幕最後、ついにヴォータンの怒りの矛先を向けられてしまう。

ヴォータン
さらば、勇敢な素晴らしい子よ!
お前は、わしの心の最も聖なる誇りだ!
さらば! さらば! さらば!
(非常に情熱的に)
わしはお前を遠ざけねばならない。
もはや愛情を持って
お前を歓迎することは許されない。

~同上書P103

そんなクライマックスたるシーンの音楽に、(少なくとも録音において)どうにも狭量さを感じてしまう僕の器の小ささよ。

・ワーグナー:楽劇「ワルキューレ」
ジェイムズ・キング(ジークムント、テノール)
レオニー・リザネク(ジークリンデ、ソプラノ)
ゲルト・ニーンシュテット(フンディング、バス)
テオ・アダム(ヴォータン、バリトン)
ビルギット・ニルソン(ブリュンヒルデ、ソプラノ)
アンネリース・ブルマイスター(フリッカ/ジークルーネ、メゾソプラノ)
ダニカ・マスティロヴィツ(ゲルヒルデ、ソプラノ)
ヘルガ・デルネシュ(オルトリンデ、ソプラノ)
ゲルトラウト・ホップ(ヴァルトラウテ、アルト)
ジークリンデ・ワーグナー(シュヴェルトライテ、アルト)
リアーネ・ジーネック(ヘルムヴィーゲ、ソプラノ)
エリーザベト・シェルテル(グリムゲルデ、メゾソプラノ)
ソーニャ・ケルヴェーナ(ロスヴァイセ、アルト)
カール・ベーム指揮バイロイト祝祭管弦楽団(1967.7.23 & 8.10Live)

しかしながら、凄まじい気迫が漲る舞台であることは確かだ。
想像するに、それでなくとも(真夏の盛りの)蒸し暑い祝祭劇場が、ベームの作り出す音楽の熱気に包まれて、汗だくになっている光景が思い浮かぶ。そう、劇場そのものが灼熱の中に、文字通りブリュンヒルデがヴォータンによって閉じ込められた、燃え盛る火の海の如くだ。特に、第2幕後半から、終幕の息切れしてしまう(?)魔の炎の音楽の直前までが最高の音楽を示す。

過去記事(2017年6月29日)

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