クリュイタンス指揮パリ音楽院管 ビゼー 「アルルの女」組曲第1番(1964.1.13, 15 &21録音)ほか

私がビゼーを羨望するのは、彼が、ヨーロッパの教養ある音楽のうちでこれまでまだ語られたことのないこの感受性への、—このより南方的な、より褐色の、より日焼けしたこの感受性への気力をもっていたからである・・・その幸福の黄色の午後は私たちにとってどんなにか気持ちよいことか! 私たちはそのさい眼差しを外へと向ける、私たちはかつて海がこれ以上滑らかであったのを見たことがあろうか? —ムーア人式の踊りがどんなにか心を鎮めてくれるがごとく私たちに語りかけることか! その淫らな憂愁のうちで私たちの飽くなささえどんなにか飽満を知ることか! —最後に、愛、自然のうちへと翻訳しかえされた愛! 「高貴な処女」の愛ではない! ゼンタ式の感傷性ではない! そうではなくて、運命としての、宿命としての、シニカルで、無邪気で、残酷な愛—そしてまさにその点で自然! その手段において戦いであり、その根底において両性の死にものぐるいの憎悪である愛! —私は、愛の本質をなしている悲劇的ないたずらが、この作品の結びとなっているドン・ホセの最後の叫びのうちにおけるほど強く表現され、恐ろしく定式化された場合を知らない、すなわち、
「然り! 私が彼女を殺した、
私が—私の最愛のカルメンを!」

「ヴァーグナーの場合」
原佑訳「ニーチェ全集14 偶像の黄昏/反キリスト者」(ちくま学芸文庫)P291-292

ニーチェの場合は、いずれにせよ西洋的二元論の域から出ていないことが問題だ。
もちろん19世紀末にあってその領域から脱却すること自体がまったく無理なことなのだけれど。ラテン的明朗さを求めた彼にあって、すべてはリヒャルト・ワーグナーへの感情的な抗いであり、天邪鬼的見地からの無理強いだったように思えてならない。
ニーチェは続ける。

この音楽が私をどれほど改善してくれるか、あなたにはすでにおわかりであろうか? 音楽の地中海化が必要であるIl faut méditerraniser la musique、私はこう定式化する理由をいくつかもっている。自然、健康、快活、青春、徳への復帰! —それでも私はもっとも腐敗したヴァーグナー主義者の一人であった・・・私は、ヴァーグナーを真面目に取ることができた・・・ああ、この老いたる魔術師よ! なんと彼はあらゆることをして私たちをたぶらかしたことか! 彼の芸術が私たちに提供する第一のものは拡大鏡である。私たちはそのなかを覗きこむが、おのれの眼を信頼することはない—一切が拡大されている、ヴァーグナーすら拡大されている・・・なんという小利口ながらがら蛇であることか!
~同上書P292-293

延々と続く幼稚な(?)ワーグナー批判に頭が痛くなる。
ただし、ニーチェが見抜いたように、ジョルジュ・ビゼーはワーグナーとは(ある意味)対極の天才だった。
(夭折の天才がもっと長生きしていたら音楽史は大きく変わっていたかもしれない)
(果たしてどうなっていたのだろうか?)

アンドレ・クリュイタンスを聴いた。

ビゼー:
・「アルルの女」組曲第1番WD28(1964.1.13, 15 &21録音)
・「アルルの女」組曲第2番WD40(エルネスト・ギロー編曲)(1964.1.13, 15 &21録音)
・「カルメン」組曲第1番WD31(1964.1.13, 15 &21録音)
リムスキー=コルサコフ:
・「樅木と棕櫚」作品3-1(ハイネ詩/ミハイロフ露訳)(1964.1.13-14録音)
・「毒樹アンチャール」作品49-1(プーシキン詩)(1964.1.13-14録音)
・「予言者」作品49-2(プーシキン詩)(1964.1.13-14録音)
ボリス・クリストフ(バス)
アンドレ・クリュイタンス指揮パリ音楽院管弦楽団

ドイツ精神とフランス的エスプリの間を走るクリュイタンスならではの音楽に、ニーチェがこれを聴いたら何と思ったのだろうかと思った。

そう、ここにはラテン的明朗さはもちろんのこと、ゲルマン的深遠さも刻印されるのだ。
劇音楽「アルルの女」からの組曲は素晴らしい。

そして、歌劇「カルメン」からの組曲の重みは、まるでフルトヴェングラーの演奏によるものかと思わせるほど(ある意味)異質であり、だからこそ感動的だ。

デュトワ指揮モントリオール響 ビゼー 「アルルの女」組曲第1番&第2番ほか(1986.10録音) バルツァ カレーラス ヴァン・ダム リッチャレッリ カラヤン指揮ベルリン・フィル ビゼー 歌劇「カルメン」(1982.9録音) レーグナーのビゼー「アルルの女」ほかを聴いて思ふ レーグナーのビゼー「アルルの女」ほかを聴いて思ふ

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