ニルソン ベルゴンツィ マクニール シミオナート スタールマン ショルティ指揮ローマ聖チェチーリア音楽院管&合唱団 ヴェルディ 歌劇「仮面舞踏会」(1960.7&61.7録音)

ジュゼッペ・ヴェルディは、登場人物の心理を音楽で表現するのに長けている。
音楽を聴くだけで、その人の心の内を見透かすことができるくらいに(人の心と同じように)音楽は激しく動く。

第1幕前奏曲

第1幕冒頭、ショルティ指揮するオーケストラの表情は、この録音の、このオペラのあり方を見事に表わす。

第1幕
市民たちの幕開きの合唱は前奏曲に示されたように、リッカルドを讃えるテーマになっている。続いて暗殺者の合唱が入る。このリッカルドを讃える人々と、彼を暗殺しようとする人たちの二つの旋律が、非常にうまく組み合わされて同時に進行する。オスカルから渡された招待者名簿にアメーリアの名前があるのを見て、リッカルドは愛のテーマでカンタービレを歌う。

永竹由幸「ヴェルディのオペラ 全作品の魅力を探る」(音楽之友社)P332-333

前奏曲然り、何と素晴らしい音楽であり、演奏なのだろう(ゲオルク・ショルティの真面目!)。

導入の合唱、シェーナとリッカルドの登場のアリア「美しく安らかな夢路におやすみ下さい」
導入の合唱、シェーナとリッカルドの登場のアリア「恍惚の中で蒼白く映える」[もう一度君に会える]

あるいは、第2幕についても同様。

第2幕
アメーリアの激しく動揺する気持を表す強烈なオーケストラの全奏で始まり、彼女の心の動揺を絶妙に表現する。それがおさまるとアメーリアの祈りが弦で静かに美しく歌われる。そして再び初めの激しい音楽が若干変形して再現され、短い第2幕の前奏曲を閉じる。
アメーリアが登場し、恐怖に戦いたあとに恋を諦めることを決意した時に、音楽は一変する。

~同上書P336

第2幕前奏曲

中でも、リッカルドとアメーリアの愛の二重唱の場面があまりに素晴らしい。

第2幕 愛の二重唱
第2幕 愛の二重唱「ああ!誰かが近づいて来る」

この愛の二重唱と《トリスタン》のそれとを比べてみると面白い。特に女に〈愛しているわ t’amo〉と言わせるまでの盛り上がり方がさすがイタリア男だと思わせる。ヴェルディの指定にはないが、この〈愛しているわ〉の一小節前は盛上がりを更に高めるために、リタルダンドする指揮者が多い。このひたむきな情熱はドイツ男にはなかなか無い。しかし《トリスタン》で見る限り、抱きあったのちのしつこさはドイツ男にはかなわない。お国柄でしょうかね。
P337-338

そして、第3幕最後のリッカルドの暗殺のシーン!
ヴェルディの傑作場面の一つだろう。

第3幕「ああ!なぜここに!逃げてください」
第3幕「彼女は純潔だ」

権力争い。
自我と自我とのぶつかり合い。
自我に向かうことがどれほど空しいことなのか。
今や誰しもが真に理解すべき事実を、物語を借りて知るべき時期が到来しているのだと思う。

目には目を。因果の応酬では何も生まない。
誰かが止めねばならないのだが、事の上で収束しても意味はなし。どんな理不尽なことであっても心の中でも争わないこと、闘わないこと。それこそが道理だ。

・ヴェルディ:歌劇「仮面舞踏会」
カルロ・ベルゴンツィ(リッカルド、テノール)
コーネル・マクニール(レナート、バリトン)
ビルギット・ニルソン(アメーリア、ソプラノ)
ジュリエッタ・シミオナート(ウルリカ、メゾソプラノ)
シルヴィア・スタールマン(オスカル、ソプラノ)
トム・クラウゼ(シルヴァーノ、バリトン)
フェルナンド・コレナ(サムエル、バス)
リベロ・アルバーチェ(トム、バス)
ピエロ・デ・パルマ(判事、テノール)
ヴィットリオ・パンダーノ(アメーリアの召使、テノール)
サー・ゲオルク・ショルティ指揮ローマ聖チェチーリア音楽院管弦楽団&合唱団(1960.7&61.7録音)

人間社会の血腥さ。
物語と形は変われど、矛と矛が文字通りぶつかる「我」の世界。
出演者の諍いなど、紆余曲折を経てリリースされた名盤。
ちなみに、ショルティの「仮面舞踏会」にまつわるジョン・カルショーの報告には次のようにある。

出演者たちの士気もたるみ始めていた。ニルソンはバイロイト音楽祭を控えていたし、シモナートにはイタリアでの他の出演契約が待っていた。オーケストラと合唱団はトラブルを感知し、その後の展開を予想して、《仮面舞踏会》の全セッション料金の前払いを要求してきた—10年間、毎年夏にデッカが継続的に彼らを雇ってきたので、音楽院からの給料の補助として当然の収入になっていたのだ。しかしこの段階での要求は断られたので、彼らは腕をふり回し、足を踏みならした。
ビョルリンクが酔いから醒めて正気に戻ることを期待して、ショルティは録音を続行したが、私たちはあっという間に、これ以上テノールなしではなにも録音できないところまで進んでしまった。

ジョン・カルショー著/山崎浩太郎訳「レコードはまっすぐに―あるプロデューサーの回想」(学研)P340

ビョルリンクとショルティが争い、結果的に録音が進められなくなった顛末が事細かに語られているが、そこには次のような記述もある。

まだ仕事が残っていた。出演者たちに話をし、1年以内に別のテノール歌手—ベルゴンツィのつもりだった—と一緒にもう一度集まってもらうことを約束した。頭の回転が速いニルソンがこれまで録音した分の支払いを要求したので、残りの歌手たちも彼女に続いた。イタリア・デッカの代表は、チューリヒのローゼンガルテンに相談してからでないと必要経費以外の支払いはできないと拒否したが、そのローゼンガルテンはここ数日姿を消していた。そこで私が自分の責任で支払いをさせるからと話すと、歌手たちは姿を消した。私はオーケストラと合唱団と、そしてイタリア・デッカの社員と一緒にその場に残った。
イタリア人の集団を扱うにはイタリア人が必要なのだ。彼は私にできないことをした。音楽院の院長にたんまりと賄賂をわたしたのだ。すると院長は大喜びで全員解散を命じた。

~同上書P342-343

1960年頃の業界の習慣、あるいは、お国柄など、人々の意識のレベルのほどが鮮明に描かれている。まだまだお金が、物質的なものが幅を利かせる時代だった。
しかし、この報告をまったくの嘘っぱちだと告発したのが、ビルギット・ニルソンだった。
ユッシ・ビョルリンクを主役にしたショルティの「仮面舞踏会」はご破算になったが、中断されていた録音は、1961年になってカルロ・ベルゴンツィを代役に立て続けられた(トラブルの2ヶ月後にビョルリンクは亡くなっていた)。

私をもっと怒らせたのは、カルショーが数年後に出版した本に、ユッシと中止になった録音と他の歌手たちに関して並べた嘘の数々である。私については「・・・ビルギットはローマにやってきて、録音が中止になったのを知るや、急いで会計課に行き、ギャラを支払わせた」と書いていた。
私は、だがローマには行っていないし、バイロイトに残れという知らせは電話で受けたのだ。私が急いで向かったという会計課に関して言えば、当時、ギャラはすべてチューリヒのマウリッツ・ローゼンガルテン氏により支払われていた。彼は財布をこじ開ける前に、《ラインの黄金》のファフナーと同様、彼の黄金を長々と徹底的によくよく眺めるのが常だった。彼は、交換レートが彼らの有利になったときに支払いをすると率直に認めている。獣医である夫のベッティルは、ローゼンガルテンののろのろした支払いを、雌馬の難産といつも比べていたものだ。
その顛末の極めつきは、カルショーの本の前書きを書いてほしいという出版社からのオファーだった。私が書く内容を決して変更せず、短縮もしないで掲載すると書面で保証するなという条件で承知したが、その後、それに関しては何の音沙汰もなかった。

ビルギット・ニルソン/市原和子訳「ビルギット・ニルソン オペラに捧げた生涯」(春秋社)P418-419

カルショーも随分な狸(?)だったと思われる(英国人気質の一つだろう)。
何をしたかではなく、どんな心でさせていただいたのか、やはり心のあり方が今やすべてなんだと痛感する。歌手陣、そしてすべての出演者に感謝したい。

カラヤン指揮ウィーン・フィル ヴェルディ 歌劇「仮面舞踏会」(1989.1&2録音)

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