朝比奈隆指揮新日本フィル ブルックナー 交響曲第3番ニ短調(第3稿/1890年改訂版)(1996.12Live)

作曲家が完成した作品に変更を加えるということは、よく知られた事実である。その理由はさまざまであるが、小さな変更から完全な作り直しに至るまで、あり方もさまざまである。ベートーヴェンの《フィデリオ》のことを思い出してみればよいし、最近の例を挙げるならば、ヒンデミットの《マリアの生涯》がある。そうした例はたくさんあるだろう。
作品の歴史にとっての意味は、すでに完結したとみられていた全体が新たに手を入れられ、仕事が続けられ、大小の追加が行われ、作品が変化することである。このことは、単に歴史記述にとって重要なだけではない。実践にとっても、音楽活動にとっても重要なのである。場合によっては、目の前にあるいくつかの「稿」のひとつを選ばねばならないからである。

(ブルックナーにおける「初稿」と「最終稿」)
レオポルト・ノヴァーク著/樋口隆一訳「ブルックナー研究」(音楽之友社)P165

それは、創造の原理だ。
人の思念は変化する。その意味で、完結はない。
変化を恐れるなかれ。

よく知られているように、ブルックナーは自分の作品を大いに彫琢し、「改良」した。彼はそれを自らも行ったが、しばしば彼の周囲の助言に従っても行った。次の作品には、複数の稿が存在することとなった。
交響曲第1番(2稿)、第2番(3稿)、第3番(3稿+ふたつの印刷稿)、第4番(2稿)、第8番(2稿)、そして第0番(2稿)、ミサ曲ホ短調(2稿)、《テ・デウム》(第1稿は合唱部分のみを含む総譜だけが存在する)。他の交響曲、つまり第5番、第6番、第7番、第9番と、ミサ曲ニ短調とヘ短調、弦楽五重奏曲は、唯一の稿で残されている。弦楽五重奏曲の場合、初版の出版後、フィナーレ楽章の終わりの19小節のみが改変されている。

~同上書P167

ブルックナーの場合、周囲に余りに翻弄されたというのもあるが、それも因縁の成せる業と考えるなら、これだけの異稿が残されたことに後世の僕たちは感謝せねばならない。

第3交響曲において、朝比奈隆は長らくエーザー版、乃至はノヴァーク版第2稿を使用していたが、キャニオンへの90年代のセッション録音然り、あるいは96年の新日本フィルとの実況録音然り、第3稿を使用するに至った。さらには、亡くなる直前の、東京で予定されていた大阪フィルの東京定期では初稿を選択するという噂が流れた(実際のところは、最終稿での演奏の予定だったようだ)。

なお、朝比奈はその後、折あるごとに「〈第3番〉は原典版(第1稿)でやってみたい」と語っており、2001年11月に大阪フィルと〈第3番〉を演奏することが発表された際には、一部で「原典版を使用する」とも伝えられたが、実際には当初から第3稿を使用することになっていた。
(岩野裕一)
FOCD9630ライナーノーツ

そういう僕も初稿を朝比奈で聴けると期待していたのだが、結局公演はキャンセルされ、そのまま巨匠は亡くなってしまったのである。
残された録音を聴くにつけ、芯のある、いかにも朝比奈らしい堂々たるブルックナーにあらためて感銘を受ける。

・ブルックナー:交響曲第3番ニ短調(第3稿改訂版)
朝比奈隆指揮新日本フィルハーモニー交響楽団(1996.12.12&16Live)

インテンポで一気呵成に奏でられる音楽の、類稀なる推進力。
まさに指揮者の自信のほどがうかがえる見事な演奏だと思う。

朝比奈隆には、交響曲第3番について真面に振れるのは自分だけだという自負があった。
僕は亡くなった翌年に、追悼公演として若杉弘が大阪フィルを振って同曲を披露したコンサートに参戦しているが、あのときの演奏はまるで朝比奈隆が憑依したかのような素晴らしい演奏だった。
あの日の演奏はおそらく音盤としてリリースされていないと思うので、追想するのは不可能なのだが、ぜひとも一般にリリースしていただきたい録音の一つだ。

喜び溢れる第2楽章アダージョ・クヮジ・アンダンテに涙し、うねる終楽章アレグロの中で、優美な第2主題こそ安寧の象徴であり、ここでの朝比奈の演奏は実に幸福感漂う。
(特にコーダ直前の音楽は美しい!)
そこからコーダに向かって解放される宇宙の鳴動に言葉がない。
(一瞬の間をおいての聴衆の歓呼にすべてが包まれる)

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