
ボーイトの歌劇「ネローネ」初演にまつわるトラブルがきっかけでトスカニーニとプッチーニは一旦袂を分かったが、結局、縒りは戻る。
9月7日、プッチーニはシュナブルに、「トスカニーニがちょうど去ったところだ。すべての暗雲は消え去り、私はそのことにとても、とても満足している。彼の手で《トゥーランドット》はきっと理想的に上演されるだろう。そして、これは4月なので、私は、まだしなければならない部分を完成する時間がたっぷりある。私は、幾つかの部分を彼に見せて、彼のために演奏した。そして、私は、彼が大変満足したと思う。それで、不愉快な状況は全部終わった」と書き送った。12日後、リコルディ社のカルロ・クラウゼッティは、サルソマッジョーレ温泉でくつろいでいたトスカニーニに電報を打って、2日後にミラノでプッチーニ、《トゥーランドット》の台本作者であるレナート・シモーニとジュゼッペ・アダーミ、それにフォルツァーノ及びカランバと打合せすることを通知した。彼らはトスカニーニと共に、その次の春の《トゥーランドット》初演のための真剣な計画を始めた。
~ハーヴィー・サックス/神澤俊介訳「トスカニーニ 良心の音楽家(上)」(アルファベータブックス)P495-496
そして、プッチーニの死後、公演の最後にかの有名な言葉を告げたトスカニーニの、「トゥーランドット」初演につながるのである。一筋縄ではいかなかった初演の棒をトスカニーニが遂にとったには、(関係者各々の思惑など)複雑な経緯がある。
プッチーニは、《トゥーランドット》の最終場面を完成できずに亡くなっていた。複数の情報源によれば、リコルディ社の役員がトスカニーニに、仕事を完了できる最良の作曲家を推薦して欲しいと頼んだ時、彼はリッカルド・ザンドナーイを勧めた。しかし、ジャーコモの息子、トーニオ・プッチーニは、ザンドナーイが自分自身で名が通り過ぎているという理由でその選択に反対した。ティート・リコルディはもはや会社を指揮していなかったが、若いフランコ・ヴィッタディーニをその仕事に推薦した。そして、マスカーニと、《メリー・ウィドウ》他のオペレッタの高名な作曲家、フランツ・レハールの名前が挙げられた。トスカニーニの気乗りしない黙認で行なわれた最終選択は、フランコ・アルファーノに落ち着いた。50歳のナポリ人で、彼の初期のオペラ、《復活》は或る程度の成功を享受し、より最近の《サクンタラ伝説》によって再び彼の名前は聴衆の前に現れた。最終場面のための現存するプッチーニのスケッチ22ページがアルファーノに預けられ、彼は、《トゥーランドット》を終幕させる377小節の音楽を創作した。ヴォットによれば、「アルファーノが完成した作品を持って来た時、トスカニーニは非常に怒った」。彼はそれが長過ぎて、しかも、プッチーニの様式と異なり過ぎると思った—尤も、アルファーノは後に、彼が当初短めのバージョンを提供したところ、トスカニーニ自身が彼にそれをふくらませるよう要求した、と主張したが。結局、アルファーノは268小節のバージョンを創作した。
~同上書P518
そもそもトスカニーニは未完のオペラの補筆完成を望んでいなかったのか。
そんなことはないと思う。むしろ、当時すでに政権を掌握していたベニト・ムッソリーニに抗い、(ヒトラーの「マイスタージンガー」同様)最終場面を政治的に利用されることを避けんとした結果、あえてごたごたを起こしたという説もある。
なお、この点については、「トスカニーニ 良心の音楽家」にやはり詳しい。
すなわち、ムッソリーニは、自身の到着時にイタリア国家ファシスト党歌「ジョヴィネッツァ」の演奏をすることをオーケストラに求めたのに対し、トスカニーニは敢然と拒否した。その頃、スカラ座にとってトスカニーニはムッソリーニより重要だったゆえムッソリーニの出席は見送られたというのが真実らしい。
何にせよプレミエは大変盛り上がった。幕ごとに大喝采が続いたオペラは、最後を迎える。
「コッリエーレ」紙の報道には次のようにある。
音楽は最後のむせび泣き、僅かな嘆きを呈した。・・・それから、何も無い。静寂。葬列は消えた。舞台にはカラフとトゥーランドット姫が悲しみの様子に立ち尽くす。オーケストラは止まる。そしてその時、トスカニーニが聴衆の方に向くのが見える。彼は、まるで彼を捉えている感情を抑えることができないかのように、一瞬決心がつかないままであり、それから、押し殺した声で彼は言う(略)、「ここでオペラは終わっています。臨終のマエストロにより未完なままにされて」。聴衆は一瞬決心がつかない。人々は、初演がここで中断されることを知っていたが、突然彼らは、並外れた場面とトスカニーニが自らこの行動を行なった事実によってうろたえる。それから、幕がゆっくり閉じる。トスカニーニは(指揮台から)降りて姿を消す。それから、ホールでの静寂から叫び声が起こる。「プッチーニ万歳!」。それから皆が立ち上がる。そして、叫び声が繰り返され、そして、歌手達が幕の前に5回呼び出され、そして、トスカニーニが、亡くなり、そして、我々の所に戻ってきたマエストロの名の下に称賛される。
~同上書P522
素晴らしい歴史的ドキュメントだ。
トスカニーニは、再演ではアルファーノによる補完の結末を披露するのだからなおさら。
(意図的に狙ったのだろうか)
トスカニーニの「トゥーランドット」の録音が遺されていないことは、歴史的痛恨事。
代わりになるものは存在しないが、強いて言うなら僕の愛聴盤たる、カラスが主役を歌ったトゥリオ・セラフィン盤。
これをもって歌劇「トゥーランドット」の決定版だと今もって推薦する。
スカラ座のオーケストラの奏でる音楽は、歌に溢れ、各々の登場人物の深層までが見事に音化され、最晩年のプッチーニが到達した、西と東の統一的オリエンテッドな音楽作りが安心を喚起する。
カラスのトゥーランドット姫に関しては言わずもがな。
冷酷さ、その裏側にある慈しみ深さ、それらを巧みにコントロールできるカラスの圧倒的歌唱に感動。もちろんそれは、セラフィンの指揮に触発されてのことだろう。セラフィンは、音楽の持つ交響的な力に確信を持ち、オペラそのものを牽引する。
フェルナンディのカラフも大健闘だが、ここでリュウを演じる若きエリーザベト・シュヴァルツコップの歌唱こそ裏の主役であるように僕には思われる。
そういえば、2017年には集中的にマリア・カラスの録音を聴いていた。やっぱり不滅。

