コリン・デイヴィスの「春の祭典」

高校1年の時だったと思うが、音楽の授業で初めてストラヴィンスキーを聴いた、というより聴かされた。それも「春の祭典」を。衝撃を受けたどころか、1913年のパリのシャンゼリゼ劇場の聴衆さながらまだまだクラシック音楽入門者の僕にはこの作品は全く理解できず、これが「音楽といえるのか」と背筋が凍りついたほど(大袈裟・・・笑)。それはそうだ。その頃は、ショパンやモーツァルトの、ごく一部のメロディアスで有名な音楽のみを愛聴して悦に浸っていた「未来のクラシック音楽オタク」少年なわけだからそんな風に拒否反応が起こっても致し方なかった。
それでも順番に西洋音楽史を追い、そのうち20世紀初頭の音楽、バルトークやプロコフィエフなどが「理解できる」ようになると同時に、俄然ストラヴィンスキーの3大バレエ音楽についても面白くなってきた。それこそビートルズやキング・クリムゾン、イエスをはじめとするプログレに興味を持った時とほぼ同じタイミングだったと思う(ストラヴィンスキーはそういう意味ではロック音楽なんだろうな)。こういうことってある瞬間に突然「起こる」のである。まるで赤ちゃんが突然ある日から言葉をしゃべり出すが如く。そう、やっぱりあらゆる音楽を毛嫌いせずにたくさん聴き続けること。好きになること、わかるようになることの基本は根気よく継続すること・・・。

そうそう、で、先の話題の「ハルサイ」。先生が採り上げたレコードはおそらく当時最も評判の高い推薦盤だったのでは。

ストラヴィンスキー:バレエ音楽「春の祭典」
サー・コリン・デイヴィス指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団(1976.11.15録音)

あの頃のフィリップスの録音というのは目を(耳を?)見張るほどの驚異的に優れた音質で、この音盤も個々の楽器の音の分離が抜群で、しかも生々しくバランスも優れ、見事。それにしてもやっぱり後悔するのはアナログ盤をすでに処分してしまっていること。現在手元にあるのは1995年に発売された24bitデジタル・リマスタリングの紙ジャケ盤。当時を回想するのに、あるいは音楽そのものを堪能するのにこれで十分なのだが、初めて聴いたときの衝撃を思い出すのにはあのLPレコードを聴いてみたいという衝動に駆られる(まぁ、中古屋で探し出してあらためて購入すればいいことなのだけれど。同じようにかつて聴き込んだ作品はその当時のフォーマットで聴いてみたいとついつい思う。つまり、エアチェックで聴いていたものはカセットテープで)。

ところで、肝心の演奏。
今聴いてみると、真に踏み外し(遊び?)のない正統派で実に聴きやすいし、「春の祭典」を勉強するにはうってつけの音盤だとわかる。コンセルトヘボウ管弦楽団の弦は艶やかで(例えば、「春の兆しと若い娘たちの踊り」の最初のユニゾンのところから身震いするほどの艶めかしい衝撃)、いぶし銀のような金管の咆哮(「選ばれた乙女への讃歌」!)も決してうるさ過ぎず、さらに木管の響きも柔らかく、打楽器の有機的な響き(「誘拐」のティンパニ!)と相まってすべてが完璧。

久しぶりに興奮した・・・(笑)。
滅茶苦茶寒いと思ったら雪が降ってきた。しかもかなり大粒。明日は積もりそうだ・・・。


9 COMMENTS

雅之

こんばんは。

ご紹介のコリン・デイヴィス&ACOによるハルサイは、おっしゃる通りフィリップスを代表する名録音で私もLP時代の昔から高く評価していますが、ハルサイ・マニアの視点で言うと、そのLP初出当時から有名な編集ミスがあり、CD時代の今日まで、直していません。それより少し古いショルティ&シカゴ響のハルサイ録音にも同じく有名な瑕瑾がありますが、これも今日までそのままです。
クラシックの巨匠は、録音したらもうその録音には興味がないということがよくわかります。よく言えば前向きなんでしょうね。

そのあたりが、映画監督とかなり違うところで、映画監督は、ディレクターズ・カットだとかなんとか、いろいろDVDやBD化の際でも気を使っているフシがある人が多いです。

やっぱり演奏家は実演こそ命と考えている人が多く、昨日の解釈のことは忘れたい人種が多いのでしょう。

酔っ払って書いていますが、意味わかる?

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岡本 浩和

>雅之様
こんばんは。

僕も相応に酔っ払ってますが、意味はわかりますよ(笑)。

しかし、迂闊にもデイヴィス盤の編集ミスの件は知りませんでした。
具体的にどんなミスなんでしょうか?

>クラシックの巨匠は、録音したらもうその録音には興味がないということがよくわかります。よく言えば前向きなんでしょうね。

そのあたりが、映画監督とかなり違うところで、映画監督は、ディレクターズ・カットだとかなんとか、いろいろDVDやBD化の際でも気を使っているフシがある人が多いです。

なるほど確かにそうかもですね。
ちなみに、ロックやジャズの世界ではネタばらしは当たり前のようにありますよね。

そういう意味ではやっぱりクラシックの世界は柔軟性に欠けますかね。

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雅之

岡本さんのもうひとつのブログの話。

>そういえば、昨日は旧暦の元旦で
しかも新月でした。

だからいつも言うように、旧暦の元旦はいつも新月なの!!(笑)

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雅之

>具体的にどんなミスなんでしょうか?

「生贄の踊り」の2回目のティンパニ連打が1音足りないです。
これは学生時代、当時在籍していた学オケの仲間の多くが知っていました。

一般的にもわりと知られた話だと思います。

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岡本 浩和

>雅之様
こんにちは。

なるほど、編集ミスの部分確かにそうですね!気づきませんでした。ありがとうございます。

「出た出た月が」、ですか・・・?。
うーん、きちんと確認してみないとですが、直感的には第2部序奏の冒頭部を思い出しました・・・。
あの揺れる感じがなんとなくなのですが、違いますよね・・・。
こちらもちょっとチェックしますので、少々お時間ください。(笑)

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