
初期ベートーヴェンの愛らしさ。
モーツァルトやハイドンのイディオムを許に、ベートーヴェンらしさが具わる希望の逸品たち。ハイリゲンシュタットの遺書にある苦悩も何のその。
ベートーヴェンにとって絶対的な形式であった4本の弦楽器による弦楽四重奏曲。
その形式への追究こそ人生の大きな命題の一つであったがゆえに彼は五重奏曲や六重奏曲を書かなかったのかどうなのか。
1801年に作曲された作品29は、過去を回想する作品であり、ゆったりとした雰囲気に満ちている。ベートーヴェンは、簡潔な動機を幅広く展開することを好んだ。弦楽四重奏曲とは対照的に、弦楽五重奏曲の書法は複雑で、はるかに面白いものだ。ベートーヴェンがまるでヨーゼフ・ハイドンの従順な弟子であるかのように振舞おうとしているかのように気取っていない。また、5つ目の楽器の選択も後継者より先人のそれに寄っており、比較的明るい音色のヴィオラが用いられている(シューベルトやブラームスは、チェロの暗い音色を好んだ)。
(エマニュエル・オーヴァービーク)
若き日の作品29は、作品18の諸作に劣らない傑作だが、実際のところ、出版社(ディアベリ)からの委嘱によりベートーヴェンはその最晩年に弦楽五重奏曲を書き上げようとしていたのである。
早い返事ができなかったのは、まったく時間の余裕がなかったからだ。でも、今なら約束するよ、例の五重奏曲は6週間くらいのうちに手渡せると思うよ。
(1926年9月26日付、アントン・ディアベリ宛)
しかし、半年後に迫った死により、この曲は未完に終わった。
(作品130の終楽章の差し替えをほぼ同時に作曲していたのだと思われる)
残された断片を、ディアベリが補完した弦楽五重奏曲ハ長調WoO62の、抜けた美しさ。
これがベートーヴェンの「白鳥の歌」だと思うと、涙が出る。
本人はもちろん完成させるつもりだったのだろうが、その時間はなかった。
音楽に内在する過去への憧憬というか、すべてへの感謝の思いが詰まっている。
残念ながら私はすでに12月3日以来、現在まで水腫症で床に伏しています。
(1827年2月8日付アンドレアス・シュトゥンプ宛)
~大崎滋生著「ベートーヴェン 完全詳細年譜」(春秋社)P518
