
近衞の修正の現場的な状況を知っていた朝比奈隆によると「近衞先生は(修正入りの自身のパート譜を配っているのにも関わらず)部分的な上書き修正を書き込んだ小さな楽譜を渡したりしていた」とのことだった。〈2番〉の場合もスコアA(オイレンブルグ版「E.E.3619」が底本)とB(ブライトコプフ版・B2が底本)の根本はほぼ同じだが部分的には微妙な違いがある。ただし、その殆どは、普通に聴いていて判るようなそれではない。追悼演奏会の際“近衞版”で〈エロイカ〉を指揮することになった朝比奈は、楽員に「普通の楽譜のつもりで指揮して下さい。それで問題ありませんから」と言われたそうだが、〈2番〉の場合の修正も、ほぼ同じことが言えるだろう。
(金子建志「近衞秀麿の改訂作業—ベートーヴェン:交響曲第2番を中心に—」)
~TBRCD0151/0154-2ライナーノーツ
朝比奈らしいエピソードだ。
研究の甘い作品、あるいは楽譜に関しては、基本楽員任せ(晩年の演奏会形式「フィデリオ」などは、実際のところは外山雄三がサブ指揮者として終止朝比奈の足もとにいたので、楽員任せではないにせよ近いものがあるだろう)の感があった朝比奈だが、それでもそこに御大の存在があっただけで、「朝比奈隆の音」になったのだから、指揮者のオーラのすごさがうかがえる。
朝比奈隆指揮新日本フィルのベートーヴェン「フィデリオ」抜粋(1994.11&12Live)を聴いて思ふ ベートーヴェンの交響曲などは自家薬籠中だろうからそうでもないと思うが、果たして「ミサ・ソレムニス」となると如何に?(朝比奈自身、「ミサ・ソレムニス」の重要性についてはしばしば言及しており、入念な準備をして演奏に臨んでいるはずゆえ「フィデリオ」の場合とは当然違っただろうが)
朝比奈の、残された録音はおそらく3種。1983年の新星日本交響楽団とのものは、確かプライヴェート盤だったように思う。そのため一般には手に入らない代物だが、幸運にも僕は、1990年代「朝比奈会」に入会していたことから、同好の好で、仲間からアナログ盤をデジタルに変換してCDに焼き直し、譲っていただいた(今現在、幸運にもYoutubeで聴くことができる)(「キリエ」冒頭から興に乗った、劇的な演奏だ)。
一方、1970年代の大阪フィルとのもの、そして、1992年の新日本フィルとのものも繰り返し聴いているので、作品と朝比奈の愛称は抜群であり、いずれの演奏も素晴らしく、すべてが身に沁み、そして心に刻まれている(何とも崇高、朝比奈らしい重厚な演奏で、僕の座右の音盤になっている)。
久しぶりに1992年の「ミサ・ソレムニス」を聴いた。
実際、この夜、僕はBunkamuraオーチャードホールの現場にいた。2階正面の席からしっかり聴いた。今もその光景は目に焼き付いている。
「キリエ」から朝比奈の棒はうなる。
「グローリア」も「クレド」も、これでもかというほどの存在感を示し、さすがに朝比奈のベートーヴェンへの敬愛の念が刻印され、真摯に作品に向き合おうとする姿勢に言葉がない。
ところで、僕は、図らずも幾度か、朝比奈の天覧コンサートに席を得たが、陛下への畏敬の念が演奏前や演奏後の姿勢に明らかであり、演奏そのものも実に見事なものだったことを思い出す。朝比奈自身が歩んできた激動の昭和・平成という時代背景もあろう、日本の伝統や象徴に対する極めて真摯な敬意が、音楽の「揺るぎない土台」や「格式の高さ」として音に表れていた。
なるほど、この「ミサ・ソレムニス」は天覧コンサートではなかったが、ベートーヴェンへの畏怖と敬愛が(天皇陛下へのそれと同等レベルに?)刻印されたものであり、特に「サンクトゥス」以降、終曲「アニュス・デイ」については他を冠絶するほどの感動がある。
そう、朝比奈の演奏には、単なる技術を超えた厳かさと、大いなるものへの畏敬の念が宿っているのだ。
「ミサ・ソレムニス」は、とても難解な曲であるには違いない。
しかしながら、「第九」と対になるこの「ミサ曲」については、ベートーヴェンを語る上で絶対にものにしておかなければならない作品だ。
