チェリビダッケ指揮ミュンヘン・フィル ブルックナー 交響曲第9番ニ短調(ノヴァーク版)(1995.9.10Live)

チェリビダッケのブルックナーは、曲によってはあまりの異形さに辟易するときもあるのだが、ツボにはまったときは異様な感動を喚起され(例えば第4番変ホ長調「ロマンティック」)、それこそ「現象学」に則った巨匠の不滅の表現方法によって、他にはない、他を冠絶する音楽の大伽藍が建造される。

チェリビダッケ指揮ミュンヘン・フィル ブルックナー 交響曲第4番変ホ長調「ロマンティック」(ハース版)(1988.10.16Live)

1世紀をまたぎ、アントン・ブルックナーの音楽が当たり前のように受け入れられる時代になった。特に、80年代に入って陽の目を見るようになった第1稿などは、耳にするにつけ、ブルックナーの第一念が断片的であり、一見そこにはロジカルさは破綻しており、パウゼを挟んでコラージュ的に積み上げられていく楽想に戸惑う当時の聴衆が目に浮かぶ。

半世紀近くに亘って僕は様々な指揮者のブルックナーに触れてきたが、近ごろついに、ブルックナーがわかってきたと胸を張って言える心境になりつつある。あまりに深い淵に迷い込んだ少年が、ある日ある時、一条の光を見出し、還暦を越えた頃にやっと開眼する、というか腑に落ちた、というような印象。長い道程だった。

イグナツへの手紙から4日後、10月11日午後、ブルックナーはひっそりと息絶えた。72歳だった。リンツの「ターゲス・ポスト」紙はこう報じている。

昨日昼、彼は家政婦に付き添われ、庭園でやや長めの散策をした後、住まいに戻った。医師の往診を受けた後、長年の友人で弟子でもあるアントン・マイスナーの訪問を受けた。マイスナーと言葉を交わすうちに、午後の最初の数時間が過ぎた。3時半頃、ブルックナーは一杯の茶を望んだ。家政婦が茶の準備をしに行き、安楽椅子に端座したブルックナーの側に、マイスナーが残った。家政婦が運んできた茶をマイスナーが手渡そうとするのを、ブルックナーは両手で受け取ろうとした。彼は突然だらりと手を下げ、椅子の背もたれに頭を投げかけると、その数秒後に息を引き取った。断末魔の苦痛は皆無だった。居合わせた二人は最初のうち、彼が突然の衰弱に襲われ、眠りに落ちたのだと思ったほどだった。

ヴィーンの「ノイエ・フィライエ・プレッセ」紙によれば、ブルックナーが茶を欲しがる30分ほど前、マイスナーはすでにブルックナーの死を予期して、司祭を呼びにやらせたという。
~田代櫂「アントン・ブルックナー 魂の山嶺」(春秋社)P316-317

臨終が安らかであったことが救いだ。
周囲に翻弄されたとはいえ、それによって最後の交響曲が完成できなかったとはいえ、ブルックナーは自身の信条を貫き通したといえる。そして、時代がようやく彼に追いついたときに、世界は、彼の書いた音楽のすべて、あるいは弟子の筆が入った改訂版(改竄版)を含めたすべてが意味あり、また意義ある形となって世界に残されたのだと大衆は気づくのである。

ブルックナー:
・交響曲第9番ニ短調(ノヴァーク版)(1995.9.10Live)
・交響曲第9番からリハーサル抜粋(1995.9.4-7収録)
セルジュ・チェリビダッケ指揮ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団

最晩年のバーンスタインのものとは違い、決して粘着質ではない、(むしろ透明感の高い)最晩年のチェリビダッケの記録。緻密な計算と、冷徹なリハーサルを重ねることで生み出される音響の魔法に、なるほど、このテンポ設定でなければならないのだという理由がよく見える。

何と30分を超える終楽章アダージョも決してもたれることなく、全編通して心に染み入るのだから畏れ入る。

ちなみに、このセットにはリハーサル風景が収録されていることが何よりの宝だが、チェリビダッケのリハーサルは、単なる「音程やリズムの修正」ではなく、オーケストラ全体を一つの「巨大な共鳴箱」として機能させるための音響の対話だということがわかる。「神秘的に」と指示される第1楽章と第2楽章スケルツォの独特な重厚さと透明感は、この厳しいリハーサルでの「響きを聴き合え」という指示の積み重ねから生まれていることが、よく伝わってくる。

第1楽章においては、冒頭のコントラバスとチェロ、そしてホルンの持続音に対して、ただ音を並べるのではなく「ホールの空間そのものを振動させること」を求め、音が鳴る前の「静寂」と「最初の響き」の境界線を極限まで滑らかにするようチェリビダッケは指導する。そして、第1主題のビルドアップに向け、指揮者は、音量の大きさを「息の量や弓の圧力」ではなく、オーケストラの「倍音の豊かさ」で表現させようとする。早く大きくなり過ぎる楽員に対して厳しくストップをかけ、全員の音が完全にブレンドしながら巨大な波の頂点へ向かうよう、何とミリ単位でタイミングを指示するのである。

また、第2楽章スケルツォにおいては、チェリビダッケの超スローテンポによって、緻密なリズムの解剖が行われ、音が止まっている一瞬の「間(ま)」にも緊張感を保ち、ピチカートの一音一音がゴムのように弾むような推進力を持つよう要求する。そして、金管群、打楽器に関しては、どれだけ激しいフォルティッシモであっても、きれいに調和して聴こえるよう、バランスの修正を何度も繰り返す。トリオにおいては、速いパッセージの中でも弦楽器の一音一音の輪郭がはっきりと見える状態を維持するよう、オーケストラに徹底的な自制を求めている。

何という厳しさ、こだわりであろうか。
自分の求める音響を、そして音楽を創造するためにオーケストラを徹底的に鍛え上げんとする姿勢に畏怖の念を覚える。

さらには、終楽章アダージョにおいては、音量が小さいときほど、楽器の弓の圧力や息の量をコントロールし、ホールの空間に音が「豊かに浸透する」ように求め、テンポについても「今鳴った音がホールの隅々まで響き渡り、ブレンドされるのを待ってから次の音を出す」という現象を実践させようとするのである(結果的に超スローテンポになる秘密はここにある)。
特に、金管群についてはフォルテで吹く場面でも、弦楽器の細かな刻みが美しく共鳴して聴こえるようなバランスを、徹底的にミリ単位で調整する。神への祈りや宇宙的な広がりを持つこの音楽を、過度なビブラートや、わざとらしい感情移入を削ぎ落とし、純粋な響きとしての美しさを引き出そうと試みていることがわかって興味深い。

チェリビダッケは、あくまでも空間に聳える「純粋美」を追究した。
繰り返しその「閃き」に浸ろう。
ブルックナーに限らず、晩年の彼の演奏は、また音楽はその「結果」ということだ。

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