
1988年から89年にかけての朝比奈隆指揮新日本フィルによる「ベートーヴェン・チクルス」は、今もって忘れられないコンサートのひとつだ。朝比奈らしい重厚さと、オーケストラの活気ある響きと、音楽の生々しさ、躍動感は、残された録音を聴いても身を以て追体験できるものであり、数多ある朝比奈のセットの中で随一と言える内容だと僕は思っている。
偶然にも、激動の昭和から平成に時代が移り変わるその節目に開催されたことも意味深い。そして、傘寿を迎え、心身ともに充実の中にあった朝比奈隆の、新日本フィルとの真の蜜月だったであろう時代。そのことは、音楽を聴く限りにおいて間違いがない事実だ。90年代に入り、どちらかというと枯淡の境地に向かっていく朝比奈の、直前の最も脂の乗った時期の、最高のパフォーマンス。
当時、僕はチクルスすべての回に参戦できた。そして、いずれの回にも圧倒的な感銘を覚えた。久しぶりに双生児たる第7番イ長調と第8番ヘ長調の2つを聴いたが、それぞれの音楽が鳴り響いた、あの瞬間のことははっきり思い出せる。何と素晴らしい音楽なのだろう。また、何と心に迫る演奏なのだろう。
かつて見たことも、聞いたこともない、とらえがたい世界をかたちにしようとする力はいよいよ強まる。すると世界は手にとるようにありありと体験され、このうえなく鮮やかにとらえられる。これほどの力を行使する喜びはユーモアへと転じる。人生のいかなる苦しみも、それと戯れる途方もなく大きな快感によって打ち砕かれる。世界という世界の創造主であるブラフマンは、自己の本性についての迷妄を見破り、みずからを笑い飛ばす。回復された無垢は購われた罪の荊と戯れ、解き放たれた良心は耐え抜かれた苦悩とじゃれあう。
《交響曲イ長調》と《交響曲ヘ長調》、そして完全に聴力を失ったベートーヴェンがこの輝かしい時期に書いた、これらの交響曲と密接な関係にある一連の作品。これほどまでに晴れがましいものを、地上の芸術は創造しえたためしがない。聴衆はいっさいの罪から解き放たれたように感じ、戯れのうちにかいま見るに終わった天国の余韻に浸りながら現象界へと戻ってくる。こうした奇跡にも等しい作品群は、神の啓示に秘められた悔悛と贖罪の最も深い意味を説き明かす。
(池上純一訳「ベートーヴェン」(1870))
~ワーグナー/三光長治監訳/池上純一・松原良輔・山崎太郎訳「ベートーヴェン」(法政大学出版局)P152-153
ワーグナーのベートーヴェンへの絶大なる讃美は延々と続く。
ベートーヴェンは、人生を喜劇とみていた。あらゆる問題も苦悩も、天からの「格別なる慈悲」だと思っていた節がある。だから彼の作品は基本的にすべてが「歓喜」あるいは「ユーモア」の中にある。
ワーグナーは続ける。
これにふさわしい美学上の概念を挙げるとすれば、崇高das Erhabeneのひと言に尽きるだろう。その晴れやかな気分はたちまちにして、美das Schöneのもたらすいかなる充実感をもはるかにしのぐ効果を発揮するからだ。賢ら顔の理性がどんなに抵抗しようと、聴き手の全存在を圧倒する魔力にあっけなく粉砕され、認識はみずからの誤りを認めて退散する。われわれは無上の喜びをもってその告白を受け入れ、心の底から歓声をあげる。すっかり魅入られた聴衆の顔には、この一点の曇りもない真実の世界に比べれば人間の視覚や思考など如何に無力なものか、という驚きの表情が深刻な翳を落としているのではあるが。
俗世から身を退いた創造精神。その人間としてのありようについて、世間はこれ以上何を知りえたというのか? 彼と接触をもった世人の目には、ほかに何が映ったのか? いうまでもなく、誤解を招きかねない印象ばかりである。ベートーヴェン自身、世間とは誤解だらけのつきあいに終始した。また俗事について判断を下すたびに、愚直なまでの大らかさが災いして自家撞着に陥ると、芸術という崇高きわまりない基盤に立ち返ってようやくそれを解消し、心の平衡を保つのが常であった。
~同上書P153-154
ワーグナーにあって、自身同様ベートーヴェンも誇大妄想空想の中にあったのだろうと思われる。しかしながら、僕は思う。ベートーヴェンは俗世とも真っ向から向き合っていたのだと(決して身を退いていたわけではない)(「パンのための仕事」もしっかりとやっていたではないか!)。死に際に「諸君、喝采を、喜劇は終わった」と言ったといわれるベートーヴェンは、「仮もまた真である」ことを知っていたのだ。
ベートーヴェン:
・交響曲第7番イ長調作品92(1989.3.11Live)
・交響曲第8番ヘ長調作品93(1989.5.15Live)
朝比奈隆指揮新日本フィルハーモニー交響楽団
サントリーホールでのライヴ録音。
朝比奈隆のこのときのチクルスは、いずれもがとても現実的な響きを誇った。
間違いなく「崇高」であったが、聴く者の意識にほど遠いものでは決してなかった。あれほど俗世に近づいたベートーヴェンはなかったのではないか。そして「歓喜」と「ユーモア」をこれでもかと念じ入れたあの演奏たちは、サントリーホールを埋め尽くした観衆の脳裏に「生きる意味」と「生きる目的」を間違いなく刷り込んだであろうし、それによって大いなる志の一端をつかんだ聴衆もたくさんいたことと思う。
(時代の節目に奏でられたことは決して偶然ではなかろう)
第7番の終楽章アレグロ・コン・ブリオの追い込みなど、その興奮までは(残念ながら)録音には入り切っていない。
第1楽章ポコ・ソステヌート―ヴィヴァーチェ冒頭から実に踏み外しのない、冷静な重戦車のような演奏だ)
ちなみに、第8番(ヘ長調)はチクルスでは第5番(ハ短調)とのカップリングだったが、その日、第5番のあまりの素晴らしさに金縛りに遭ってしまい、演奏の記憶がほぼないのだが、あらためて録音を聴いてみて、いかにも朝比奈らしい、ユーモアや軽妙さを放下し、ベートーヴェンの8番目の交響曲としての崇高さと立派さを兼ね備えた演奏として君臨する逸品だ。
ところで、当時、朝比奈隆は金子建志さんとの対話の中で次のように語っている。
近衞先生がお亡くなりになる(73年没)ちょっと前に、「私は、今は原譜通りに演るようにしているのですが」と言ったら「それは、その方がいいですよ。私のは下手なオーケストラを馬鹿な指揮者が振っても、ちゃんと恰好がつくようにしてあるんですから。それは元のままがいいですよ」と真顔で言われたので、返事に困ってね。よく考えたら、こっちも馬鹿な指揮者なのかと思って(笑う)。
(金子建志「今回のチクルス録音における朝比奈のベートーヴェン観と、曲目についてのノート」)
~FOCD9001/7ライナーノーツ
近衞秀麿指揮札響のベートーヴェン交響曲第1番&第7番(1963.9.6Live)を聴いて思ふ 近衞版には確かにその意図があったのだろうと思う。
面白いエピソードだ。

