1789回N響定期演奏会 ブロムシュテットの「ジュピター」&「悲愴」

nhk_philharmonie_2014_09日本人は爺様指揮者が本当に好きなようだ。あの巨大なNHKホールを人々が埋め尽くすのだから。
果たしてヘルベルト・ブロムシュテットはどんなモーツァルトを、そしてどんなチャイコフスキーを聴かせてくれるのか、期待と不安を胸の内に会場に向かった。小じんまりとした快速の音楽がおそらく鳴るのだろうと予想はしていた。確かに「表面上」はそうだ。しかし、そもそもその中身が、僕が持っていたイメージとは明らかに異なった。

音楽にまったくすきがないのである。これはもうモーツァルトの天才を褒め称えるしかない。とはいえ、であるがゆえ指揮者、そしてオーケストラの力量がはっきりと問われる。こういう音楽を相手にするとき思想を入れてはいけない。素のまま、というか、何もしない方がむしろ良いのだ。そして、確固とした意志だけを頼りに、あとは脱力で音楽に対峙する。となると、やはりある程度の経験が必要だ。つまり年輪。老練の極みとはこういうことを言うのだと確信した。

NHK交響楽団第1789回定期演奏会プログラムA
2014年9月27日(土)18:00開演
NHKホール
ヘルベルト・ブロムシュテット指揮NHK交響楽団
篠崎史紀(コンサートマスター)
・モーツァルト:交響曲第41番ハ長調K.551「ジュピター」
休憩
・チャイコフスキー:交響曲第6番ロ短調作品74「悲愴」

ブロムシュテットのモーツァルトは真に端正で淀みがない。こういう表現をアポロン的と言ってしまうと少々語弊があるが、まるで「何もしていないよう」で、実に多くのことが語られる。モーツァルトが最終的に行き着いた孤高の境地が透明感をもって眼前に現れ、それにもかかわらず内燃するパッションの放出が並みでない。何という奇蹟か・・・。
例えば、普通なら煩わしい提示部などの反復が、すべて意味のある行為、音楽に聴こえるのだからたいしたもの。そこには一切の弛緩なく、美しい音楽が常に煌めいていた。全編にわたり中庸の理想的テンポ。第1楽章第1主題は躍動感に満ち、ひとたび第2主題を迎えると、柔らかくも優しい音楽が聴衆を包み込んだ。弦楽器の崇高な響きと木管の妙なる調べ・・・、「ジュピター」交響曲の真価をそのあたりにも見た。第2楽章アンダンテ・カンタービレにはその名の通り「歌」があった。第3楽章メヌエットは神々の舞踏なのではないかと思わせるほどの祈りに満ちていた。そして何より白眉は、愛すべきフーガを持つ終楽章モルト・アレグロ。すべてがひとつになるコーダでの二重の遁走曲の醍醐味!!言葉を失う幸福感に満たされた瞬間。
15分の休憩を挟み、後半はチャイコフスキー。基本的に快速でインテンポの表現は、一言でいうと、「悲愴感」のまるでない「生きる意志」に溢れた音楽。

インタビューでブロムシュテットは語る。

モーツァルトとチャイコフスキーのうち最後の交響曲3曲は最も人気のある作品に挙がります。けれども同時に演奏されることはめったにありません。チャイコフスキーはモーツァルトを敬愛していたのです。ですからチャイコフスキーを演奏するときはモーツァルトを意識しなければなりません。チャイコフスキーの作品は、速いテンポの大音量で演奏されることがしばしばです。チャイコフスキー自身はそういった大げさなことは大嫌いでした。根本的には古典派なのです。
~フィルハーモニー2014年9月号P11

第1楽章の序奏も第1主題もあっという間に流れた。第2主題についてももう少し粘っても良いくらいなのではと思わせたほど。しかしこのあっさり感に実は意味があった。展開部の強烈なフォルテシッシモや、その後の嵐のような展開、そして静まりゆく楽想のすべてが「暗澹たる装い」でなく、前述したいわば「生命活力」の権化として表現されたのである。第2楽章アレグロ・コン・グラツィアにしてもこんなに優美な表現があったのかと思ったほど。そしてまた、第3楽章アレグロ・モルト・ヴィヴァーチェの有機的前傾の行進性。もちろん終楽章アダージョ・ラメントーソにも死の影は一切感じられない。

今日の演奏を聴いて、僕は思った。そもそもチャイコフスキーが「悲愴」の初演からわずか6日後に急逝したのは、一般的に言われる自殺説でもコレラ説でもなく、やっぱりホモ狩りという名の暗殺ではなかったかと。もしそうでないなら、この作品中にこれほどの「生命力」を見出すことは不可能。チャイコフスキーはまだまだ生きるつもりだったはず。もちろん真相は闇の中だけれど・・・。

そういえば思い出した。シリーズ直前に亡くなられたため実現ならなかったのだが、朝比奈先生が大阪フィルとモーツァルト&チャイコフスキーのそれぞれ後期3つの交響曲を今回と同じように組み合わせてツィクルスをされる予定だった(確か2002年4月からだったと記憶する)。ブロムシュテットの今回のプログラミングそのものにも大いなる意味がありそうだ。
ヘルベルト・ブロムシュテット87歳。
矍鑠とした指揮姿のブロムシュテットは「悲愴」交響曲の新たな側面を今日僕に気づかせてくれた。感謝。

 

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2 COMMENTS

畑山千恵子

ブロムシュテットの方が元気がいいですね。マズアは健康状態が衰えてきたといいますから、信じられません。

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