ハンガリー弦楽四重奏団 シューベルト 弦楽四重奏曲第14番「死と乙女」(1952録音)

夭折の作曲家二人。作風は当然異なるものの、通底するのは、両者とも若年ながら人生の侘び寂まで捉えた純粋無垢で偽りのない心の反映を示している点だろうか。

モーツァルトが、コンスタンツェとの間にもうけた最初の子どもライムント・レオポルトの誕生前後に生み出した弦楽四重奏曲ニ短調。長男は残念ながら腸閉塞のため2ヶ月後に逝ってしまうが、そのことをまるで予言するかのような風趣を醸す哀しい音楽が、僕たちの心を翻弄するのである。

一方、シューベルトが、マティアス・クラウディウスの詩に触発された歌曲「死と乙女」の旋律を第2楽章に引用した弦楽四重奏曲ニ短調も、人生の苦悩と劇性が随所に散りばめられており、聴く者の魂を刺激する。

戦後間もなくの古い録音だけれど、ハンガリー弦楽四重奏団による2つの作品は、第2次世界大戦という人類未曽有の人災の傷を癒してくれるほどに優しい音響を湛える。

・モーツァルト:弦楽四重奏曲第15番ニ短調K.421(417b)(1946録音)
ハンガリー弦楽四重奏団
ゾルタン・セーケイ(ヴァイオリン)
アレクサンダー・モシュコフスキ(ヴァイオリン)
デーネシュ・コロムサイ(ヴィオラ)
ヴィルモシュ・パロタイ(チェロ)
・シューベルト:弦楽四重奏曲第14番ニ短調D810「死と乙女」(1952録音)
ハンガリー弦楽四重奏団
ゾルタン・セーケイ(ヴァイオリン)
アレクサンダー・モシュコフスキ(ヴァイオリン)
ローレン・アリュー(ヴィオラ)
ヴィルモシュ・パロタイ(チェロ)

元々はシャーンドル・ヴェーグによって結成されたハンガリー弦楽四重奏団は、後にセーケイが加入し、イニシアチブをとることになった四重奏団だが、ハンガリー弦楽四重奏団の奏でる音楽は、実に渋いながら明朗で快活な音調を醸し出すものだ。何よりそこには死すらも超越する慈しみがあるように僕には感じられる。

一言すれば、ぼくはこの世でいちばん不幸で惨めな人間のような気がする。もう二度と健康体に戻れない人間、それゆえに何でも良く考える代わりに、悪くばかりとってしまう人間、どんな希望も無残に打ち砕かれてしまった人間、どんな愛や友情も苦痛の種にしかならない人間、美に寄せる(少なくともそれを鼓舞してくれる)感激も風前の灯火となってしまった男のことを思ってみてほしい。そしてこれ以上惨めで不幸な人間がいるかどうか考えてみてほしい。
(1824年3月31日付、クーペルヴィーザー宛手紙)
喜多尾道冬著「シューベルト」(朝日新聞社)P210

シューベルトの「死と乙女」は、第1楽章アレグロの主題提示から実に余裕がある。素晴らしいのは第2楽章アンダンテ・コン・モート。憂える「死と乙女」の旋律と、続く変奏の、上記書簡の厭世的自己否定的心情を否定するかのような温かさと肯定感がこの演奏の美しさを保証する。

シューベルトの手紙は、一種の交流のゲームだろう。
本当は彼は前向きに生きたかった人だ。そして、仲間たちと愛を語り合いたかった人だ。もしそうでないなら、あんなにも優しい音楽をあれほどたくさん生み出すことはできないだろうから。

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