ウゴルスキのメシアン「鳥のカタログ」(1993録音)を聴いて思ふ

messiaen_ugorskiオリヴィエ・メシアン畢生の大作をたった一度の記事で語り尽すことは不可能。
そもそも彼の思想、信仰を理解すること自体一筋縄でなく、それならばその作品群を気軽に採り上げることも憚られるというもの。
しかしながら、ここにアナトール・ウゴルスキの録音を聴いて、またその成立の過程を知り、さらには作曲家の鳥たちへの一方ならぬ愛情の深さを知って、何かしら書かずにはいられない。

可憐な歌。美しい声。
そして大空に羽ばたく自由。
メシアンの鳥たちへの愛は、その音楽を一層奥深いものに昇華する。何より鳥たちの歌こそが最大の価値だと言い切るところに、宗教ばかりでなく彼の自然そのものに対する信仰の深さを思う。

私の申し上げたい最後の愛、それは鳥への愛です。世界中が、私が鳥類学者であること、私の作品の中で鳥の歌がどれほど法外に重要な位置を占めているかを知っています。鳥は、思い浮かぶあらゆる観点から称賛に価します。種の多様さ、種類の異なる羽毛の色彩、渡りの現象―これは、いまだに適切な説明がなされておりません―、三重の視野(前方へは複眼、左右へは単眼)、他にも多くの属性があります。歓喜と驚愕の主題ではありませんか!こうした驚異の中で最大にして、作曲家にとって最も価値あるもの、それがあの歌声です。
アルムート・レスラー著/吉田幸弘訳「メシアン―創造のクレド 信仰・希望・愛」(春秋社)P42

メシアンの思考は時間と空間を超える。その時、あらゆる事象が混然一体となり、人工的でありながら実に遊びに満ちた自然の音楽が眼前に現出される。すべてが神々しい。

「異国の鳥たち」のような作品では、インドや中国、北米、マレーシアの鳥を組み合わせています。自然の状態では間違っても一緒には見られません。それは、こうした鳥たちが同じ種に属さず、異なる大陸や気候の中に住み、同じものを食べていないからです。そんな訳で、私は人を欺いてきました。しかしこうした鳥たちを一箇所に混ぜ合わせるのは実に興味深い。むしろ、通常ならざる対位法の関係や色彩をもたらすからです。
~同上書P24-25

何と的を射た見解であることか。
希望や愛を音楽で見事に表現できる作曲家の技量に感動する。

まず何を差し置いても、私は時を愛しております。あらゆる創造の出発点だからです。時が前提とするのは、変化(すなわち物質)と運動(すなわち空間と生命)であります。時はそれ自体を永遠と対比させることによって、我々に永遠を理解させてくれます。時は、すべての音楽家にとって友であるべきです。
~同上書P37

鳥の歌と同じく、メシアンが重視するのが「時」であると・・・(しかもその前提が変化と運動であるということに膝を打つ)。
なるほど、永遠を知るのに「時」を前提としなければならないという彼の意志にも納得。

メシアン:鳥のカタログ
・第1巻
―第1番:キバシガラス
―第2番:キガシラコウライウグイス
―第3番:イソヒヨドリ
・第2巻
―第4番:カオグロヒタキ
・第3巻
―第5番:モリフクロウ
―第6番:モリヒバリ
・第4巻
―第7番:ヨーロッパヨシキリ
・第5巻
―第8番:ヒメコウテンシ
―第9番:ヨーロッパウグイス
・第6巻
―第10番:コシジロイヨヒヨドリ
・第7巻
―第11番:ノスリ
―第12番:クロサバクヒタキ
―第13番:ダイシャクシギ
・ニワムシクイ
アナトール・ウゴルスキ(ピアノ)(1993録音)

この長大な曲集のひとつひとつを丁寧にひもといて、自分のものにするにはそれこそ永遠に近い「時」を必要とするかもしれぬ。何より言葉を持たぬ音楽の神秘と、その裏返しの難解さ。いかに僕たち人間の理解にとって「言葉」の助けが重要であるかを思い知る。

こうした表現の可能性の探求において私に先んじた者がいます。ライトモティーフを用いたリヒャルト・ワーグナーです。後の世代の者は、ライトモティーフにレッテルを貼り、その背後にある考え方を希薄なものにしてしまいました。しかしこのライトモティーフは、台詞と表現の驚くべき媒体であり、過去と現在と未来をまったく同時に描くことを可能にしてくれます。これは古典音楽か現代音楽かということとは何の関わりもなく、それ自体で完全に独立したものです。私はこの考え方に追うところが極めて大きいのです。
~同上書P59-60

メシアンはワーグナーの採った方法にヒントを得、とはいえまったく独自の方法で過去と現在と未来を行き来するのである。
また、ウゴルスキの演奏は、音の一粒一粒を丁寧に奏し(スクリャービンを演奏するときの姿勢に極めて近い)、フレーズとフレーズ(すなわちそれぞれの鳥の声)を有機的に絡めながら音の内奥の意味をメシアンの思想に則り掘り下げる(何という哲学性!)。
「鳥のカタログ」は一生かけて理解するべき作品だろう。
ただひたすら無心に耳を傾けるべし。

 

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2 COMMENTS

雅之

私が持っている「メシアン:鳥のカタログ」は、児玉桃の盤のみです(まだ捨てられない)。

>鳥の歌と同じく、メシアンが重視するのが「時」であると・・・(しかもその前提が変化と運動であるということに膝を打つ)。
なるほど、永遠を知るのに「時」を前提としなければならないという彼の意志にも納得。

SFでは「ウラシマ効果」っていうやつがありますよね。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%99%82%E9%96%93%E3%81%AE%E9%81%85%E3%82%8C

「はやぶさ2」の進路は小惑星「リュウグウ」!!

http://www.jaxa.jp/projects/sat/hayabusa2/index_j.html

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岡本 浩和

>雅之様

児玉桃のものは名盤の誉れ高いですよね。何よりSACDですから音質の良さは抜群なのでしょう。残念ながら僕は未聴ですが・・・。

なるほど「ウラシマ効果」ですか!
小惑星「リュウグウ」というのも!

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