ゲルギエフ指揮マリインスキー劇場管の「くるみ割り人形」(2015録音)ほかを聴いて思ふ

tchaikovsky_nutcracker_gergiev_mariinsky715チャイコフスキーの最後の輝き。作曲家の総決算たる音楽の玉手箱。

「くるみ割り人形」は年代的に見て最初の真のミニチュア・バレエであった。第2幕(お菓子の国)のディヴェルティスマンは、20世紀の抽象バレエを予見しているし、実際に、フォーキンやディヤーギレフの「セゾン・リュッス・バレエ」のバレエ改革を準備している。もしチャイコーフスキイが「くるみ割り人形」を作曲していなかったら、ストラヴィーンスキイ、フォーキン、ベヌア、ニジーンスキイは、決して「ペトルーシカ」を創造することはできなかったであろう。そしてまさにこの作品が、「芸術の世界」の理想をもっとも効果的に実現したのである。
森田稔著「ロシア音楽の魅力―グリンカ・ムソルグスキー・チャイコフスキー」(東洋書店)P243

上記、クリモヴィツキーの言葉にもあるように、「くるみ割り人形」はまさにエポック・メイキングな作品。これほどに多様な音楽を、しかもそのどれもが名曲として残る作品を、気が進まないながらよくも残せたものだ。
情景を見事に映し、その音楽だけで喜びをもたらしてくれるメルヘン。何て愉しいのだろう。そして、何て美しいのだろう。
心温まる「くるみ割り人形」。いわゆるゲルギエフ節は随分影を潜め(かなり大人しい)、粘らず、チャイコフスキーの稀代の傑作をただただ純粋に音化する様に感無量。
第2幕後半の第13番「花のワルツ」(コーダでの相変わらずの「溜め」がいかにもゲルギエフ!)から第14番「パ・ド・ドゥ」、そして第15番フィナーレとアポテオーズにかけての哀愁。思わず涙がこぼれそうになるくらい。

ただし、第1幕第9番「雪片のワルツ」のボーイ・ソプラノだけは、ラトル指揮ベルリン・フィル盤でのリベラには敵わない(あの夢見るようなコーラスはこの世のものとは思えない聖なる響き)。

チャイコフスキー:
・バレエ音楽「くるみ割り人形」作品71(2015.6.16&12.30録音)
・交響曲第4番ヘ短調作品36(2015.6.19&9.29録音)
ワレリー・ゲルギエフ指揮マリインスキー劇場管弦楽団

さらに、交響曲第4番では、ゲルギエフは決して荒ぶらず、昔のような熱さを期待する向きには不評を買うかもしれないが、(セッション録音ならではで)あくまで冷静に音楽を紡ぐ。第1楽章冒頭アンダンテ・ソステヌートから主題は金管群の重戦車の如くの慄きなれど、音は決して無機的に陥らず、「運命。われわれの幸福への追求を実現させないあの不吉な力」という作曲者自身の但し書き通りの音楽を披露する。
また、第2楽章アンダンティーノ・イン・モード・ディ・カンツォーナでの歌謡的かつ牧歌的な旋律の柔和な歌わせ方に、僕はゲルギエフの作品への愛情を思う。第3楽章スケルツォを経て、終楽章アレグロ・コン・フォーコでの大爆発、暗いパッションもゲルギエフならでは。

 

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2 COMMENTS

雅之

ゲルギエフは「くるみ割り人形」全曲を再録音していたのですね。知りませんでした。

高校生のころ、この曲のレコードを初めて買ったののですが、ご多分にもれず組曲版でした。それが、ロストロポーヴィチ&ベルリン・フィルのLPで、いかにもロシア的なほの暗さがとても魅力的に感じ、同じオケでも指揮者が違うと、華やかなカラヤンからこんなに音色が変化するんだと、大変驚いたものでした(そのころは、当然カラヤンが大嫌いでした・・・笑)。

http://www.hmv.co.jp/artist_%E3%83%81%E3%83%A3%E3%82%A4%E3%82%B3%E3%83%95%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%BC%EF%BC%881840-1893%EF%BC%89_000000000018904/item_%E3%80%8E%E7%99%BD%E9%B3%A5%E3%81%AE%E6%B9%96%E3%80%8F%E6%8A%9C%E7%B2%8B%E3%80%81%E3%80%8E%E3%81%8F%E3%82%8B%E3%81%BF%E5%89%B2%E3%82%8A%E4%BA%BA%E5%BD%A2%E3%80%8F%E6%8A%9C%E7%B2%8B%E3%80%81%E3%80%8E%E7%9C%A0%E3%82%8A%E3%81%AE%E6%A3%AE%E3%81%AE%E7%BE%8E%E5%A5%B3%E3%80%8F%E6%8A%9C%E7%B2%8B%E3%80%80%E3%83%AD%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AD%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%81%EF%BC%86%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%AB_932632

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岡本 浩和

>雅之様

チャイコフスキーなどは特に指揮者の個性の違いがオケの響きに如実に反映されますよね。
確かにカラヤンとロストロでは同じベルリン・フィルでも吃驚するくらい違います。
ロストロはどちらかというと「白鳥の湖」に惹かれた記憶があります。

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