異なる惑星の音楽

 

debussy_arrau.jpg事実をそのまま伝えること。
都合の悪いこともあるようで、真実が封印されている不可思議な事件も多い。先日からブログ上で話題にしている日航機墜落事故のこと、昨今の米軍普天間基地問題のことなど。いずれも日米関係にその根拠がありそうだが、本当のことを我々庶民が知る権利はないようだ。

明日はいよいよ「五感の旅」Vol.1フランス編である。ラヴェルやドビュッシーをはじめ、クープランやショパンの音楽が美味しいワインと美しい物語とともに奏でられる。
20世紀の初め、フランス、特に絢爛豪華でアンニュイな雰囲気を漂わすパリは芸術の中心地だった。そこにはラヴェルがいてドビュッシーがいて、若きストラヴィンスキーもいて、そしてディアギレフ率いるバレエ・リュスが活動を始めていた。そしてちょうどその頃、日本からも米国経由でひとりの青年文筆家が訪れていた。

永井荷風。帰国後、1909年にその時分のエッセーをまとめ「ふらんす物語」として発表するも、どういうわけか発禁処分の憂き目をみる。今、かの本を読んでみても何が問題だったのかまったく見当もつかない、あくまで「普通の」紀行文である。しかしそこには当時の世相、一般庶民が知らない事実も綴られている。当時のいわゆる海外駐在員がどんな生活をしていたのか、そのありのままを伝えるエッセー。まことに興味深い。

真実を表に出そうとすると国からのストップがかかる。そのあたりは100年を経た今の時代もほとんど変わらないようだ。

荷風の洒落たエッセーを読みながら、明日のイベントの風景を想像し、今夜はドビュッシーでも聴いてみようか。おそらく荷風はドビュッシーの音楽もラヴェルの音楽も、ことによると新進気鋭のストラヴィンスキーの音楽もオンタイムで直に触れていたはずだ。

ドビュッシー:
・ベルガマスク組曲
・ピアノのために:サラバンド
・レントよりおそく
・ロマンティックなワルツ
クラウディオ・アラウ(ピアノ)

先日のバッハのパルティータ集同様、アラウの最後の録音のひとつ。こんなにも落ち着いた、いや深遠な音楽は聴いたことがない。ドビュッシーとは思えぬ、異空間の音楽だ。アラウは語る。
「ドビュッシーは偉大なる天才のひとりです。彼の音楽はまったくのところユニークで、それはいわば異なる惑星の音楽のようなものです」

なるほど、まさに。人生の最後にして巨匠ピアニストがやっと到達した境地。年輪を重ねてやっと見えるという何かがこの中に潜む。ただし、それは・・・、残念ながら僕にはまだわからない。


3 COMMENTS

雅之

おはようございます。
>都合の悪いこともあるようで、真実が封印されている不可思議な事件も多い。
今、現在進行形で大問題になっている沖縄・尖閣諸島沖中国漁船衝突事件とその対応についても、様々な意味において、日本、中国、米国の「裏事情」が働いていそうです。最初から仕組まれた事件だという推測も成り立ちそうです。我々民間人も、好むと好まざるとにかかわらず「振り回されている」んだと思います。迷惑な話です。
日航機墜落事故のことや米軍普天間基地問題のことなどを話題にしていて、ふと脳裏をよぎった本があります。
「帝王から音楽マフィアまで」 (学研M文庫) 石井宏 著
http://www.amazon.co.jp/%E5%B8%9D%E7%8E%8B%E3%81%8B%E3%82%89%E9%9F%B3%E6%A5%BD%E3%83%9E%E3%83%95%E3%82%A3%E3%82%A2%E3%81%BE%E3%81%A7-%E5%AD%A6%E7%A0%94M%E6%96%87%E5%BA%AB-%E7%9F%B3%E4%BA%95-%E5%AE%8F/dp/4059020303/ref=sr_1_2?ie=UTF8&s=books&qid=1285451928&sr=1-2
「普段は耳慣れないクラシック音楽も、裏を返して覗いてみればさまざまな世界が見えてくる。クラシック音楽興業界を裏で取り仕切り、一流指揮者の多くを手中に収め意のままに動かす陰の存在。演奏会にかかる高いチケット代、それに伴う演奏家の“金額”とは果たして・・・? 音楽評論家として、さまざまな角度からクラシック音楽を論じてきた著者が迫る、クラシック音楽界に見る摩訶不思議。」(「BOOK」データベースより)
どこの名門オケの常任指揮者に誰が選ばれたとか、いかにもおかしな人選が多いのも、裏で音楽マフィアが取り仕切っていると思うと、無性に腹が立ったものです(今はどうでもよくなりましたが)。
そういえば、ホルン協奏曲がモーツァルトの絶筆だったことを知るきっかけになったのも、この本からでした。
アラウのドビュッシーはいいですよね。前奏曲集第1巻・第2巻なんかは、LP時代からの愛聴盤でした。
LPで聴くと、時のフィリップスの録音美学も加わり、「澄み切った秋の空」というより「春の花曇り」のようなドビュッシーでしたが、こういうのもいいですよね。

返信する
岡本 浩和

>雅之様
おはようございます。
>現在進行形で大問題になっている沖縄・尖閣諸島沖中国漁船衝突事件とその対応
いや、ほんとおかしいです。船長が釈放されたのもちょうど首相がアメリカ訪問中の出来事ですし、首相や外相の声明では政治介入はないといってますが、単なるパフォーマンスにしかみえないですよね。
>どこの名門オケの常任指揮者に誰が選ばれたとか、いかにもおかしな人選が多いのも、裏で音楽マフィアが取り仕切っている
特にクラシックの場合は、コロンビア・アーティストというマネジメント会社が牛耳っているようですね。やっぱり世界はユダヤによって仕切られているということでしょうか。
現実は全てが茶番のように思えてきます。
>「澄み切った秋の空」というより「春の花曇り」のようなドビュッシー
良い表現です!

返信する
アレグロ・コン・ブリオ~第5章 » Blog Archive » Claudio Arrau The 80th Birthday Recital

[…] 「ワルトシュタイン」も「熱情」もテクニックは往時に比較して衰えているものの、重心の安定した、いかにもアラウらしいベートーヴェンに心を打たれる。「ワルトシュタイン」ではフィナーレ、コーダの難所と言われる例のグリッサンドも軽く(?)クリアしているし。 それにしてもこのハ長調のソナタの最初の楽章から終楽章にかけての「解放」の様が実に感動的。この作品を書き上げたときベートーヴェンは32歳の青年なのだが、あの「遺書」での内面告白以後、「すべてはひとつだ」と悟ったのではないかと思われるくらい。この音楽を聴いているだけで自分の内側にある「負のもの」が浄化されるよう。 それと、何より素敵なのが「水の反映」!ドビュッシーが「この曲はシューマンの左、ショパンの右に座席を占めるであろうと確信している」と言った「映像第1集」において最も映像的で、水面にきらきらと輝く光の様と、光から生じる影の対比がアラウの手によって上手に再現される。続く「エステ荘の噴水」もそうだが、アラウは水を描くのが巧い。というより、音化された映像をより一層わかりやすく翻訳して音楽にするのが得意なのだろう、この人は。ファイナル・セッションの「ベルガマスク組曲」もそういえば最高だった。 […]

返信する

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください