古の音盤に浸る

その時代にもちろん僕は生きていない。
でも、音を聴くとどうにも不思議な郷愁感に捕らわれる。復刻とはいえ、SP録音の音ってどうしてこんなにも柔らかいのだろう・・・。今のデジタル録音にないふくよかさと香しさと・・・。
想像するに、多分、演奏者側(制作者側も)の余裕だろう。齷齪しない時代の空気と、ほとんど一発採りという緊張感の中にありながら奏者は自由に翔る。考えるのでなく感じる世界。そもそも、音楽は音の連なりである。現代より少し前の時代のぶつ切りのテイクを編集して1曲を拵えるとか、基本ライブで収録しながら瑕については後で補正するというやり方は、そもそもの「音楽」に傷をつけているようなもの。
その演奏が上手くいかなければ、あるいは奏者が納得しなければ最初から採り直し、音楽の流れをせき止めない。生きている、そして活きているのである。そんな事情が聴く者に不思議な「安心感」を与える。

森鴎外が最初の妻と2年足らずで別れた経緯を記した文書が見つかったらしい。(朝日新聞朝刊)
「まったく気性が合わず、日ごろ一緒に外出遊歩することもなく、文筆活動の妨げともなります」
「わたくしが機嫌を取っていましたならば、なかったでしょうが、到底わたくしの気性として出来がたく」
1889年当時のことだから、そういう意味では画期的な、というか鴎外の文豪らしい「自由でわがままな気性」が垣間見られる。
昔も今も、「気性が合う」というのはどんな関係においてもポイントだ。

その点、このSP復刻盤において演奏する二人の巨匠の息はぴったり。いや、正確に言うと浪漫的で自由奔放な、空気のようなクライスラーのヴァイオリンに対して、意外にもラフマニノフのピアノは整然とし、ロシア的な広大で荒涼とした大地を思わせる。いかにも水と油(気性は合ってなかったのかな?・・・笑)。しかし、「ぴったり」に聴こえる。時代の空気感がその溝を見事に埋めていたのだろうか。愉悦に満ちていたであろうスタジオの温かい雰囲気までもが感じられる。

ベートーヴェン:
・ヴァイオリン・ソナタ第8番ト長調作品30-3(1928.3.22録音)
・ヴァイオリン・ソナタ第8番ト長調作品30-3(未発売代替テイク・ヴァージョン)(1928.2.28&3.22録音)
シューベルト:
・ヴァイオリンとピアノのための二重奏曲イ長調D574作品162(1928.12.20&21録音)
グリーグ:
・ヴァイオリン・ソナタ第3番ハ短調作品45(1928.9.14&15録音)
フリッツ・クライスラー(ヴァイオリン)
セルゲイ・ラフマニノフ(ピアノ)

シューベルトがここでも絶品!「二重奏」というタイトル通りの切磋琢磨。名曲の名演奏なり。意外なのはグリーグ!北欧の音楽がどうにもジプシー風に味付けされ、濃厚な色合いが前面に押し出される。そしてそのことによりこのあまり知られざる音楽に一条の光が差し込む。こんな素敵な音楽だったっけ?と。

ベートーヴェンが録音されたのは僕が生れるちょうど36年前のこと。そして、グリーグのレコーディングは84年前の今日、そしてそれは僕の祖父が亡くなるちょうど50年前のこと。不思議な縁を思い描き、古の音盤に浸る・・・。


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