音楽の美しさ極まれり。
モーツァルトもベートーヴェンも、ヘンデルの魅力に憑りつかれていたという。
僕は、モンテヴェルディの「ポッペアの戴冠」実演体験以来、バロック歌劇の素晴らしさを再認識する。
初演からちょうど300年。厳密にはオペラではないが、全幕90分ほどのマスク(仮面劇)「エイシスとガラテア」の美しさに息を飲む。晩年にモーツァルトが編曲したことでも有名なこの作品は、透明感溢れるキャノンズ邸での初演版を繰り返し耳にすることで一層その素晴らしさが理解できる。
見事なエンターテインメント。プロデューサーとしてのヘンデルの才能が至るところから湧き立つ傑作。物語は至極単純だ。エイシスとガラテアの恋に横恋慕するポリフェイマスに殺されたエイシスが、最後は泉の水の化身となってガラテアを見守るというもの。また、独唱はすべてダ・カーポ・アリアであるゆえ、幾度か聴けば音楽はすぐさま自分のものとなる。何と脳内を駆け巡ることよ。
全編を通じて最も魅力的なシーンは、まさにエイシスがポリフェイマスに殺される場面の三重唱。ここは、モーツァルトが「魔笛」第2幕第21番フィナーレで、タミーノがパミーナとともに試練の場に向うシーンの音調とそっくりだ(モーツァルトは間違いなくヘンデルの、それも「エイシスとガラテア」の影響を受けているのだと思う)。
三重唱
ガラテアとエイシス
羊の群れは山を去り、
山鳩森を置いて行く、
ニンフも泉を見放すだろう、
私が恋人見捨てるのなら!
ポリフェイマス
苦痛だ!憤激!怒りだ!絶望!
俺は、俺は、もう耐えられない!
ガラテアとエイシス
ひばりが喜ぶ夕立も、
蜜蜂好きな陽射しさえ、
苦労が和らぐ眠りでさえも、
こんな優しい微笑みに勝るようなことはない。
ポリフェイマス
飛べ速く、重い岩よ速く飛べ!
死ね、生意気なエイシスよ死ね!
アコンパニャート
エイシス
助けて、ガラテア!助けてください、神様たちよ!
死に行く私をお連れくださいますように、神々様の住まいへと。
~サイト「オペラ対訳プロジェクト」
愉悦に富む明朗な音楽たちの中で、嘆きと不安が微かに垣間見えるという、ヘンデルの天才!!バッハが教会音楽だけでなく世俗音楽を作曲するときも、あくまで内なる信仰というものを対象に音化したのに対し、ヘンデルは何といってもエンターテインメントを主軸に音楽を創造したのだということが手に取るようにわかることが面白い。
・ヘンデル:マスク(仮面劇)「エイシスとガラテア」HWV49a(1718年キャノンズ初演版)
スーザン・ハミルトン(ガラテア、ソプラノ)
ニコラス・マルロイ(エイシス、テノール)
トーマス・ホッブス(デーモン、テノール)
ニコラス・ハンドール・スミス(コリドン、テノール)
マシュー・ブルック(ポリフェイマス、バス)
ジョン・バット指揮ダンディン・コンソート&プレーヤーズ(2008.4.29-5.2録音)
スーザン・ハミルトンの歌も、ニコラス・マルロイの歌も微妙な心情映す見事さだが、しかし、マシュー・ブルックのポリフェイマスには敵うまい。声の邪悪さと感情移入は天下一品。
ちなみに、この作品のキーワードは、”happy”と”pleasure”だろうと僕は思う。
世界にどんな負が蔓延ろうとも、最後は幸福と愉悦がすべてを癒してくれる。
いつの時代も、人は幸せを求める。権力よりも愛なのだ。
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