ホルライザー指揮シュターツカペレ・ドレスデンの歌劇「リエンツィ」を聴いて思ふ

wagner_rienzi_hollreiser067どれほど理想を求めようと大義をかざして争ってはならない。ドレスデン革命に加わったワーグナーも、後年普仏戦争の戦況に戦々兢々とする彼もあくまで介在意識がしでかした悪ふざけのようなもの。潜在的にこの人はわかっていたはず。「真に争いのない世界を創ること」を目的に舞台総合芸術なるものを発案し、そして死ぬまで追究し続けたのだと思うから。
第3幕での、リエンツィとアドリアーノの迫真のやりとりが、激しい音楽の応酬とともに聴く者の心を動かす。

アドリアーノ:
これを見よ!これがお前のやったことか!
お前とお前の自由を弾劾してやる!
井形ちづる訳「ヴァーグナー オペラ・楽劇全作品対訳集―《妖精》から《パルジファル》まで―第1巻」P135

戦争に父を殺されたアドリアーノの無念と怒りの心情がこの一言に集約される。悲劇がここでひとつの頂点を迎える。

アドリアーノ:
呪うべき男よ!
貴殿は私を突き放した、
私が和平を自分の命を賭けて保証しようとした時!
今後、我々を結ぶものは何もない、
互いに復讐あるのみ!
貴殿は復讐を果たした、今後は私の復讐に震えあがるがいい!それで貴殿は滅びるのだ!
~同上書P136

興味深いのは、呪いの裏にはいつでも、それに上塗りするかのように人々の私利に基づく企てがあるということだ。「リエンツィ、最後の護民官」においても然り。第4幕にてローマ市民のバロンチェッリに扮するペーター・シュライアーがかく歌う。

とんでもない、あれは裏切り行為だったのだ!
彼は貴族と手を結ぼうとしていたのだ。
知ってのとおり、イレーネはコロンナの息子を愛している。そこで貴族を赦免する代わりにコロンナから結婚の同意を得ようと望んだのだ。
~同上書P139

残念ながら、この言葉に煽動された市民の心は一気にリエンツィ抹殺へと動いてゆく。

そのために我々の血が流れたのか?
それが本当なら、リエンツィはただではすまないぞ!
~同上書P139

第4幕フィナーレの、トロンボーンとテューバによって繰り返される「破門の動機」を背景に枢機卿と聖職者たちのリエンツィに対する言葉が重い。

下がれ、汚れのない者にのみ
教会は開かれている!
しかし、お前は破門だ、
そしてお前に信義を守る者は破門だ!
~同上書P142

しかしこの、いかにも深刻な音楽の内に、(少なくともホルライザー指揮によるこの音盤において)不思議に明朗さを感じるのは僕だけだろうか。この劇的な状況においてこそ未来への希望が与えられたことを示すかのように僕には聴こえるのである。
そう、その直前、リエンツィが妹イレーネを伴って大聖堂前に現れた時のアドリアーノ(イレーネはアドリアーノの恋人なのだ)の言葉に大いなるヒントがある。

(共謀者たちに混じって、マントで顔を隠して)
どうしよう!イレーネが一緒だ!
天使が彼を守っている・・・どうやって復讐を遂行できるか?
~同上書P141

真の悪人に天使は見えまい(たとえ恋人イレーネに対する比喩的表現だとしても)。

ワーグナー:歌劇「リエンツィ」
ルネ・コロ(テノール、コーラ・リエンツィ)
シヴ・ヴェンベルク(ソプラノ、イレーネ)
ニコラウス・ヒレブラント(バス、ステファーノ・コロンナ)
ヤニス・マルティン(ソプラノ、アドリアーノ・コロンナ)
テオ・アダム(バス・バリトン、パオロ・オルジーニ)
ジークフリート・フォーゲル(バス、ライモンド)
ペーター・シュライアー(テノール、バロンチェッリ)、ほか
ドレスデン国立歌劇場合唱団
ライプツィヒ放送合唱団
ハインリヒ・ホルライザー指揮シュターツカペレ・ドレスデン(1974.8, 9 & 1976.2録音)

第5幕冒頭のリエンツィの祈りの音楽が美しい(序曲冒頭に続く有名な旋律)。全幕を通じて歌いまくるルネ・コロの歌声が、ここでは特に深く崇高な響きを醸す。

全能の父よ、ご照覧あれ!
伏して懇願する私の祈りをお聞きください!
あなたが奇跡のごとく私にお与えくださった力を、
どうぞ今なお滅ぼさないでください!
~同上書P144

結果として、リエンツィもイレーネも、そしてアドリアーノも、崩れ落ちたカンピドリオ宮殿の下敷きになって命を落とすことになるのだけれど、ここに既にワーグナーの「純愛と死による救済」の萌芽がある。いかんせん長過ぎる「リエンツィ」においてわずか30分ほどの第5幕の音楽は本当に素敵だ。

アドリアーノ(イレーネを認めて):
イレーネ!イレーネ!炎を突破して彼女のところに行かねば!ああ!
(アドリアーノがカンピドリオ宮殿に急いで向かおうとした時、リエンツィとイレーネのいる塔が恐ろしい音をたてて崩れ落ちる。アドリアーノは叫び声をあげて死んだように地面にくずおれ、リエンツィとイレーネと共に、瓦礫の下に埋められる)
~同上書P149

 

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2 COMMENTS

畑山千恵子

「リエンツィ」は日本初演もありました。とはいえ、ヴァーグナー自ら、このオペラには自分の個性がないということで、バイロイトで上演しませんでした。音楽を聴いてみると、ヴァーグナーのオペラとしても重要な位置にあると思いますね。

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岡本 浩和

>畑山千恵子様
おっしゃるように、ワーグナーはこの作品を評価しておりませんでしたが、バイロイトの演目に入っていたら受容史は随分変化したことだろうと残念でなりません。

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