モーリス・ラヴェルの「歌」を聴いていると時に胸が締め付けられるほどの懐かしさを覚える。およそフランス国には縁のない僕だが、どうにも東洋的なセンス満点で、ラヴェルこそかつてアジアのどこかに、いや、ひょっとすると日出ずる神の国のどこかに住まわれていたのではないかという想像から、不思議な神々しさすら感じるのである。旋律も日本の民謡の何かに似ているような、そんな錯覚にある瞬間捕らわれる。
そして、フランス語独特の音楽的な響きと、きらきらと輝き、ころころと玉を転がすような伴奏ピアノの絶妙なバランス。こういうところからも、オーケストラの魔術師と言われた彼の、単色でありながら実にカラフルな映像が投影されるように思うのは僕だけだろうか。
それにしてもフランス語はフランス語として聴いた方が―たとえ意味が分からなくても―より一層「音楽」が堪能できる。
例えば、ポール・ヴェルレーヌの詩に作曲した「草の上で」。ラヴェルは生涯に2度だけヴェルレーヌに音楽をつけているが(もうひとつは若き日の「暗く果てしない眠り」)、堀口大學訳の件の詩を読んでみても、どちらかというと滑稽で諧謔的で、その音楽の高尚な艶めかしさとどうにも結びつかない(苦笑)。
あるいは、作曲者の最後の作品である「ドゥルシネア姫に思いを寄せるドン・キホーテ」の、明確な調性音楽であることと、「晩年」の重みという二面性が、押しては引き、寄せては返す波のように―詩の内容を解さずとも―十分に読み取れるところが興味深い。
ラヴェルはやっぱり「音の魔術師」だ。
朝、出かける前にさらっとラヴェルの歌曲集。夜、明日の準備を終えて今度はじっくり繰り返しラヴェルの歌曲集。フィンリーの渋く心地良い歌声もさることながら、何といってもドレイクの伴奏が生きているようで素敵(この人は本当に上手い!)。
Bonjour.
Chanson de Ravel est l’absence d’étude.
Je veux étudier dans l’article de M. Okamoto.
Le français est belle.
Debussy et Ravel, j’ai été influencé par les Japonais Ukiyo-e, par exemple.
Yukio Mishima, j’étais sous l’influence de Ravel.
Merci à M. Okamoto ! !
Merci à la musique ! !
Merci à Dieu ! !
Bonjour.
Je suis sur la musique de Ravel, est un manque d’étude.
Je voudrais étudier dans l’article de M. Okamoto.
Le français est belle.
Debussy et Ravel, par exemple, a été influencé par les Japonais ukiyo-e.
Yukio Mishima, était sous l’influence de Ravel.
Merci à M. Okamoto! !
Merci pour la musique! !
Merci à Dieu ! !
後のコメントは、極めてお恥ずかしい私のフランス語知識で、自己添削し修正したものです。
更に誤り、改善点をご指導ください。
いずれにせよ、私のフランス語は、この程度です(笑)。
この5月は何としたことでしょう。
今度は吉田秀和さんが98歳でお亡くなりになられました。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120527-00000086-spnannex-ent
悲しくて寂しくて、もう言葉もありません。
自分の中でも、確実にひとつの時代が終わったような気がします。
これを機に、趣味としての音楽から、うんと距離を置こうという決心を固めました。
>雅之様
驚きました。
98歳とはいえ、つい最近も新聞や雑誌などでお元気な姿を見ていたものですから。
22日に亡くなられていたということですね。
そのあたり、ちょうどフルトヴェングラーの「魔笛」のほか、吉田氏が実演を聴かれたという「ドン・ジョヴァンニ」もあわせて聴いていた日時とかぶります。
おっしゃるように、確実にひとつの時代が終わりましたね。
本当に寂しくなります。
あ、あと、上記のフランス語、お見事です。さすがです。
(吉田さん死去の報らせに驚いて、すっかり触れず仕舞いです)
フランス語には全く疎い僕でも、字面を眺めていると何とか意味がわかります(笑)。
しかしながら、改善点の指摘までは無理です。