恐るべき創造力「ルイサダのマズルカ集」

台風17号。
東海地方に上陸とのことで、こちらも結構な雨風。東京は夜半から未明にかけて直撃のよう。大事に至らないことを祈る。
「目に見えないことにこそ真実がある」と聴いた。確かに。
そういえば、音楽というのは目に見えない。作曲家が自身の脳内を演奏者や後世に伝えるために記号化したものが楽譜であって、ここには「すべて」を記譜することはできない。
よってプレイヤーは音楽家の意志を想像して、そして自分で解釈して「できるだけ」忠実に音化しようと試みる。一方、それを享受する我々も感性を研ぎ澄まして再現された音を懸命に聴く。彼のあの時の演奏はああだった、こうだった。良かった、良くなかった。
最近思う。評論とは真にナンセンスだと。たとえ演奏者が体調不良で、その状態の時にもステージに出て仮に音楽を披露するとするならば、それは再現者の意志の下で行われていることで、出来不出来、是非を云々する資格は聴衆にはない。あくまで好きか嫌いかという「感情的なもの」でしか測る術はなし。

ずっと書こうと思って機会なく数ヶ月が過ぎたが、いよいよあらためてルイサダの新しい方の「マズルカ集」を聴いた。外に出られないことをいいことに何度も繰り返し。
以前も書いたが、恐るべき想像力と創造力、そして再現力!
僕は「マズルカ」こそショパンの真髄であり、この中に彼の心情すべてが投影されていると信じてきた。ともかく50曲近い音楽に酸いも甘いも、人生のすべてが含まれる。そんな「巨大な」曲集だから、おいそれと俎上にあげることができないことも事実。しかし、聴くごとに祖国を後にせざるを得なかったショパンの哀しみと、時には悦びと、そして勇気や不安までもが直接感じ取れる。
しかも、ルイサダは楽譜に書かれたそのままをただなぞるだけに終始しない。独特の節回しと強弱、テンポ・ルバート、どこをどう切り取っても音楽が今ここに生きている。

ショパン:マズルカ集(全41曲)
ジャン=マルク・ルイサダ(ピアノ)(2008.10.20-23録音)

軽井沢の大賀ホールでの録音。いわゆる遺作を全て排除して、41曲の選集としたところは何か意図があったのか?これらは少なくともショパン自身が出版を意図したものということになる。そこには作曲者の「自信」が漲る。
この音盤を聴いて、やっぱり「音楽は目に見えないもの」で、「真実」が見出せるように確信した。言葉では決して表現できないもの。
それと、この音盤はHybridのSACDであるということも重要。
CDフォーマットの場合、人間の耳には聴くことのできない周波数帯域を上も下もカットしている。しかし、そのことがアナログ盤に比較して音に温かみがないと言われる所以でもある。たとえ聴こえなくても人間は感じる力を持っている。
その点が改善されたSACDによる豊饒な音の力よ。

イ短調作品17-4の静かなる哀悼。変ニ長調作品30-3の冒頭のずらし方も何ともおしゃれ。ニ長調作品33-2の速度記号はヴィヴァーチェだが、まさに快活を絵に描いたような表現!これまでルービンシュタインやフランソワを一推し音盤に挙げていたが、ルイサダ盤も仲間入り。(youtubeに音源がひとつも落ちていないのが残念)


3 COMMENTS

みどり

今頃になってリサイタルのチケットを入手できるとは思いませんでした!
既に読者の皆さんはご存じでいらっしゃると思いますが、少し紹介を。

YouTubeやヤマハのサイトで“rendez-vous”with Jean-Marc Luisada
という15分程のインタビューが見られます(英語字幕付き)。
お母様が氏を妊娠されていた時の様子やデジタルピアノを使い始めた
理由、フリードリヒ・グルダのアコースティックとデジタルピアノを同時に
使用して演奏したバッハの「プレリュードとフーガ」についてなど、
なかなか面白く語られています。

それにしても、この左手! 関節が柔らかそうですね(笑)

ヤマハサイトのジャン=マルク・ルイサダへ5つの質問では、影響を
受けたアーティストとしてフルトヴェングラーを挙げ、「ベートーヴェンの
ピアノ・ソナタを弾く前にはフルトヴェングラーの交響曲を聴くことに
している。そうすれば馬鹿げた間違いをすることなく、作品をきちんと
理解できると信じる」

ピアノを学ぶ(楽しむ)方へのメッセージとして、「うまく弾けない時にも、
いい音がでない時にも、決して諦めることはありません。ピアノを弾くと
いうことは、人生を通して素晴らしい作品と出合い、作曲家を知り、
それを深めて行くこと。その喜びは言葉では表現できません。絶対に
勉強を諦めないでください。きっと大いなる喜びが訪れます」

最高。 楽しみです!(少しじゃなかったですね、すみません…笑)

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岡本 浩和

>みどり様
ご紹介ありがとうございます!
なるほどフルトヴェングラーでしたか!!
彼のショパンの縦横無尽の絶妙な解釈の理由がわかったように思います。

“rendez-vous”with Jean-Marc Luisada”での演奏もどれも抜粋ですが最高です。
ありがとうございます。

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