ヴェンゲーロフ&ロストロポーヴィチのブリテン(2002.3録音)ほかを聴いて思ふ

Britten_Walton_Vengerov大自然の大らかさ。大宇宙の神秘。
音楽を聴いて、作曲家の魂の彷徨を夢想する。
音楽を観てまた、演奏家の心の機微を感じとる。

ベンジャミン・ブリテンがヴァイオリン協奏曲やピアノ協奏曲をたった一つずつしか生み出さなかったのにどんな理由があるのかを僕は知らない。ちょうど第二次大戦の頃に作曲されたこれらの音楽は真に精妙で、かつ感性を刺激する音調に溢れ、非常に完成度が高い。これまでどうして彼の傑作を無視し続けてきたのか、僕は自分を恥じる。
特に、身体を壊し、一旦引退を余儀なくされたマキシム・ヴェンゲーロフが、退く前にロストロポーヴィチ指揮ロンドン交響楽団をバックに録音した協奏曲は、外側に鬼気迫る表面張力と内側にうねる熱情に支配された名演奏で、聴く者に大変な集中力を要求するものとなっている。それだけに僕たちは聴き通すのに疲労困憊するのだが、聴後の充実感たるや並大抵でなく、ブリテンの名曲を見事な采配で再生した最高の瞬間に立ち合う喜びに浸ることができるのである。ここにはブリテンの天才が刻まれ、謙虚に、しかも堂々と音化するヴェンゲーロフとロストロポーヴィチの類い稀なる才能もまた横溢する。

それにしても当時27歳のヴェンゲーロフの緻密で安定した音の鳴りと表現にあらためて感服。完璧な技巧に裏打ちされた、それこそブリテンのすべてを赤裸々に歌い尽くすその演奏は、常に潤い、色気を帯びる。白眉は何と言っても第3楽章パッサカリア!!ラルガメンテにおける包容力あるオーケストラに支えられての独奏ヴァイオリンの極めて細かい動きの妙。作曲当時の暗鬱たる様相を醸すヨーロッパ世界へのアンチテーゼ、告別の如く音楽は泣く。まるで来るべき悲惨な結末を暗示するようだ。

・ブリテン:ヴァイオリン協奏曲作品15(改訂版)(2002.3録音)
・ウォルトン:ヴィオラ協奏曲(1961年版)(2002.12録音)
マキシム・ヴェンゲーロフ(ヴァイオリン、ヴィオラ)
ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ指揮ロンドン交響楽団

そして、珍しくヴェンゲーロフのヴィオラによるサー・ウィリアム・ウォルトン。
イギリス音楽らしいスノッブな雰囲気の中に、やはり妖艶で骨太のヴィオラ独奏が飛翔する。例えば、終楽章アレグロ・モデラートの、ハープのかそけき音色の上で奏でられるヴィオラの、孤独の表象!!これこそ内声を司ってきた(長い間主役の座になかった)ヴィオラの神髄。

僕は、劣等感に襲われるフィリップ・ケアリの恋にまつわる妄想を思う。何より彼の、複雑な内面と恋の状況を描くサマセット・モームの巧みな筆。

今まで彼は、恋とは、人の心をうっとりとさせて、世界中がまるで春のように思えてくる、そうした一種の恍惚感だとばかり考えていた。そしてそうした有頂天の幸福を、どんなに彼は、待ち望んでいたことか。ところがこれは、少しも幸福ではなかった。ただ彼が今までかつて知らなかった魂の飢餓、苦痛なまでの思慕、そしてただ苦がい懊悩、それだけにすぎなかった。いつからこんな心持になったものか、彼はあらためて反省してみた。だが、わからない。ただ憶えていることは、はじめの二三度を除いて、そのあと彼女の店へ行く度に、いつもなにか疼きにも似た痛みを、胸の中に感じたことだった。そういえば、彼女の話しかけると、彼は、妙に胸一ぱいになるような思いがした。彼女が往ってしまうと、無性に悲しくてたまらないし、そのくせまた戻ってくると、今度は絶望だ。
サマセット・モーム/中野好夫訳「人間の絆Ⅱ」(新潮文庫)P211-212

ヴェンゲーロフの弾くウォルトンの、抑圧された悲しい音色にフィリップの恋の懊悩と疼きを重ね合せる。僕の勝手な連想だけれど・・・。

 

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