グレン・グールド、ティム・ペイジとの対話

何のおまけだったか今となってはもはや記憶にないのだが、僕の手元には当時新進気鋭の音楽ジャーナリストだったティム・ペイジがグレン・グールドに「ゴルトベルク変奏曲」の新録音についてインタビューをしたCDがある。1982年8月にトロントで収録されたもののようだからグールドが亡くなる2ヶ月ほど前の、おそらく彼の肉声が聴けるほとんど最後のもののようである。
そういえば今月はグレン・グールドが世を去ってちょうど30年という節目であることを思い出し、これまできちんと聴いたことがなかったので、50分に及ぶ録音だけれど、この際ゆっくりと聞いてみた。
何よりグールドの、張りのある元気な声と会話が明瞭に耳にでき、とても数ヶ月後に、しかも50歳という年齢で亡くなるとは思えない。それに、「ゴルトベルク」再録音に踏み切った秘密や、例の物議を醸した有名なバーンスタインとのブラームスのコンチェルトの演奏について自ら言及して、その理由を明らかにしているところが興味深い。

ゴルトベルク再録音もバーンスタインとの一件も、「パルス(律動)=リズムの一定の基準」という問題が絡んでいるようで、実に長々と説明されるが、難解(苦笑)。要はロック音楽やミニマル・ミュージックのように「ひとつのビートがいつまでも際限なく続いていくものほど退屈なものはない」と一刀両断し(彼がどんなロック音楽を聴いてそういう見解を持ったのかわからないが、この意見は賛同しかねる)、基本的なパルスを設定し、常に変化を持たせることが音楽を創る上で重要だと説く。ペイジが「グレン、もう僕は説明で頭がパンクしそうだよ」と言い、それに対してグールドが「僕だってそうだよ。苦痛だよ」と返す。
結局、「考えて」演奏しているわけではないということだ。後付けでいくらでも説明は可能だろうが、それこそ創造とは感覚的なものなんだということがこのことからもよくわかる。

インタビュー
グレン・グールド、「ゴルトベルク変奏曲」新録音についてティム・ペイジと語る
(1982.8録音、トロント)
パート1
・オープニング
・再録音するということ
・アリアの聴き比べ
・テンポの秘密
・第16変奏~第18変奏(1981録音)
パート2
・システムの必要性
・第25変奏への懐疑
・楽器に対する議論
・第1変奏~第10変奏(1981録音)
・エンディング(第13変奏・1981録音)

ちなみに、バッハを弾くにあたってのタブーとしてグールドは次の点を挙げる。
ひとつ、ペダルを決して踏まないこと。それは明確で贅肉がとれた音質を追求するため。
ふたつ、音のコンセプトはスタッカート。2つの連続した音の間のノン・レガートの状態の関係、ないしは対位法的な関係が基本ゆえ、レガートでつなげることはしない。

さらに続けてグールドは語る。バッハが史上最大の編曲家の一人だったこと。それは彼が音色を特定することや音量についてはとやかく言わなかったということを指すと。
しかも、このインタビューの中でマルチェルロのオーボエ協奏曲をバッハがチェンバロ曲に編曲しており、それをグールドが録音済みだと語っている。この録音は未発表だと思うけれど、どうにか聴いてみたいものだ。
それにしてもグレン・グールドの弾く「ゴルトベルク変奏曲」は旧共に素晴らしい。


7 COMMENTS

畑山千恵子

マーク・キングウェル「グレン・グールド」出版は青弓社さんが引き受けてくれることになりそうです。未知谷さんは音楽書専門の編集スタッフがいないため、辞退されました。ただ、再チェックするといろいろ修正が出てきて、修正を進めているところです。

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中井恵子

初めまして。わたくしもこの3枚組のCDを持っておりますが、このインタビューの日本語訳がないでさっぱりわからずにおります。お恥ずかしいですが語学力がないもので・・・。どこかに詳しい日本語解説がないものでしょうか?グールド関連の書籍などで知ることができますでしょうか?
厚かましいおたずねになり、申し訳ありませんが、どうぞよろしくお願い致します(#^.^#)

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岡本 浩和

>中井恵子様
こんばんは、初めまして。
僕が所有するのは非売品のCDで、ここには宮澤淳一氏による邦訳が付いております。
よろしければコピーを取って差し上げることも可能です。
差し支えなければ、私の方から中井様宛メールをさせていただきます。

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中井恵子

岡本様

すみません、ちがったコメント欄で返信してしまったようです。慣れないもので・・・。(汗)
もうしわけございませんでした。

よろしくお願い致します。

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アレグロ・コン・ブリオ~第5章 » Blog Archive » 「モーツァルトらしさ」への挑戦状

[…] 本当に長い間聴いていなかった。 棚の奥に眠るグレン・グールドの追悼盤。1982年にアナログ盤5枚組でリリースされたボックス・セット。とても大事に聴き、大切に保管してきたけれど、当時はまったく理解できなかった。ティム・ペイジとの対話でも彼は本心を語っているが、モーツァルトへの懐疑をシラミのような作曲家だと表現、そして一刀両断し、実に1958年の時点から既にそうだったと告白していることが真に興味深い(K.330のソナタがこの頃録音されているが、その気持ちを隠し、信仰を装っていた。そして、1970年に再録したときには装うことすらできなくなっていたのだと)。 で、その理由は何かというと彼が本当に興味を持つ音楽は対位法的な音楽、いくつかの主題が同時進行で対位法的に展開していって激昂するような音楽だけなのだと。 なるほど、グレン・グールドは意図的にモーツァルトを破壊したということだ。 […]

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