「皇帝」協奏曲を観て、ゴルトベルク旧盤を聴いて

何となくYoutubeで「グレン・グールド」と検索し、興味深い映像を見つけた。
グールド・フリークにとってみたらお馴染みのものなのだろうけど、驚いた。ミケランジェリの代役として登場したカレル・アンチェル&トロント響との1970年のライブだというから、コンサート・ドロップ以降の貴重なものではないか!いや、しかし、聴衆がいる気配はなさそうなのでスタジオ・ライブといったところだろうか。「皇帝」協奏曲。冒頭のカデンツァから独特の節回し。それにしても指が回る、回る。おそらく一音のミスタッチもないのではないか・・・。
アンチェル指揮の管弦楽の方は意外にあっさりと速めのテンポ。いかにも、というようにそこにグールドがわざとらしくブレーキをかけたり、アクセルを踏み込んだり。一見アンバランスなように見え、その実、妙な説得力を持つベートーヴェン。繰り返し観る価値の大いにある映像。

そのことに触発されたわけじゃないけれど、グールドのデビュー盤を久しぶりに聴いた。疲れた脳みそを解す意味合いも込めて。以前、ゼンフというシステムで再演奏された音盤を採り上げた。最新録音で蘇ったこの「ゴルトベルク」には本当に参った。とても素晴らしく、感動した。しかしながら、唯一の欠点がある。それは、グールドの鼻歌が入っていないこと(笑)。グレン・グールドの場合、あれがあってこそ、なのである。

ということで、オリジナルのモノラル盤。

J.S.バッハ:
・ゴルトベルク変奏曲BWV988(1955.6.10,14&16録音)
・平均律クラヴィーア曲集第2巻~フーガ嬰へ短調BWV883、フーガホ長調BWV878(1957.7.29-31&8.1録音)
グレン・グールド(ピアノ)

昔は圧倒的に新盤の方に軍配を上げていたが、ここのところの感覚では甲乙つけ難し。
グールド自身はパルス(律動)に不満を持って四半世紀を経て再録に踏み切ったというが、この快速でありながら、細部までもがしっかりと見渡せる解釈についてまったく文句のつけようがない。譜面の読み方がどう変わろうともグールドの演奏は間違いなくグールドであり、バッハの真髄、内なる声を直接的に表現しているという点では右に出る者はいない。繰り返し何度聴いても打ちひしがれる。
特に、新盤では第26変奏以降を引き立たせるためにあのようなテンポをとったのではと思わせるものが、旧盤ではそもそもどの変奏も一律に、つまり対等に扱われている(と感じる)点が素晴らしい。
グレン・グールド死して早30年。
80歳のグレンは想像できぬ。仮に彼が現在存命だったとして果たしてあのような演奏を技術的にも繰り広げることはできたのか?

できたかもしれないし、できていないかもしれない。より一層深みのあるピアニストになっていたかも。
でも、やっぱりグレン・グールドは50歳で逝って良かったのだろうと。
「皇帝」協奏曲を観て、ゴルトベルク旧盤を聴いてそんなことを考えた。


2 COMMENTS

畑山千恵子

マーク・キングウェル『グレン・グールド」出版は青弓社になりそうです。ただ、まだはっきりしたわけではありませんので、はっきり決まりましたらご連絡いたします。

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