
ベートーヴェン以降、第9番という数字に天才たちは拘った。
その背面には、死に対する不安や恐怖があった。
死が生と一体であることを知り、彼岸も此岸も実は一つであることを理解したとき、死に対する怖れは一切なくなる。実に不思議なことだが、超生了死によって僕たちの本体は霊性であり、霊性は不滅であることが腑に落ちたなら、それは当然のことだ。
個人的に、ベートーヴェンだけはなぜかそのことはわかっていたように思う。
(よく考えるとそれは当然だ。そのジンクスの源はベートーヴェン自身なのだから)
生と死を切り分ける、二元論的な思考で追究すれば、誰しも「第9番」を避けようとするだろう。マーラーなどその最たるものだが、ショスタコーヴィチにはその意識があったのかなかったのか、それはわからないが、彼の第9番は、体制を揶揄する、凡そ「第9番」の印象とはほど遠い、しかし遊びの精神に溢れた逸品だった。
ところが、現実の執筆のプロセスのなかで彼の脳裏では別の着想が膨らみはじめていた。第1楽章のエスキスが書き始められたのは、7月26日のことであり、その作業はわずか一日で終了したとされる。実際の執筆は8月に入ってから本格化し、月末までにはピアノ譜が一気呵成に仕上げられ、9月10日、ネグリンナヤ通りにある芸術問題委員会本部で、全体で22~25分にわたる全曲が、ショスタコーヴィチとリヒテルの二人によって披露された。委員の反応はおおむね否定的で、批評家D.ラビノーヴィチは、「われわれが聴こうとして身構えていたのは、新しいモニュメンタルなオーケストラによるフレスコ画だった」と不満を述べ、筋金入りのスターリン主義者で作曲家のM.コヴァーリも「だれあろうショスタコーヴィチから、戦勝をめぐる霊感に満ちた交響曲を期待するのは当然のことだった」と書いている。曲の長さとしては、一楽章形式で書かれた第2番を除く過去の交響曲中もっとも短いものであった。ともあれ、第9番におけるこの一種独特の身のかわし方が、全体として当時の彼の精神状態とつよい結びつきを持っていたことはいうまでもないことである。
他方、一般の聴衆や批評家には、ナチスドイツに対する勝利を、むしろ悲劇的な情念とともに追体験したいという思いがあったのだろう。そうした周囲の期待を裏切るかのように、この音楽では、ロッシーニ風、ハイドン風のディベルティメントと評される軽さが全体を支配することになった。そこにはむろん、ショスタコーヴィチならではの知的な遊戯とアイロニーの精神が過不足なく盛り込まれているが、周囲の聴き手にとってはそれらすべてが独りよがりな遊戯としか響かなかったはずである。
~亀山郁夫「ショスタコーヴィチ 引き裂かれた栄光」(岩波書店)P293-294
周囲の期待を意識的に裏切る姿勢こそショスタコーヴィチの「遊び」だが、この皮肉な「軽快さ」こそが、戦勝どころか、戦争の悲劇を謳わんとする彼の本音だったのだと僕には思われる(その真意は緩徐楽章の音調に刻まれる)。
僕は、個人的に、初演者であるムラヴィンスキーの録音を聴きたいと思っていたのだが、それはどうやら叶わないことのようだ(というより、生涯でたった2度しか演奏していないのだから、それも仕方がない)。
では、初演者であるムラヴィンスキーの態度はどうだったのか。おそらく予想されたことであったが、こうした思わせぶりな二重性に満ちた音楽は、ショスタコーヴィチ音楽の正統的な紹介者としてみずからのディシプリンを守ろうとするムラヴィンスキーとしては受け入れがたいものがあったのだろう。ユーモアやシニシズムに対する拒否反応が体質的なものとしてあったのか、それともこの音楽の危険性をいち早く感じ取っていたしるしか、いずれにせよムラヴィンスキーはこの曲に満足できず、レニングラード、モスクワでの一度かぎりの初演の任務を果たしただけで二度とこの曲に向きあうことはなかった。
~同上書P296
体制の中に生きた人たちにしかわからないであろう、死と隣り合わせの人生の、言葉にできない恐怖、そういうものがおそらくムラヴィンスキーの中にもあったのだろう。
(21世紀の日本に生きる僕たちには想像すらできない境遇だ)
バルシャイによる第9番は、どういう理由かわからないが、大変な時間をかけて作られていることがわかる。それだけこの天邪鬼的、二枚舌交響曲の表現の難しさがここに物語られている。
たとえそれでも、バルシャイが指揮したこの第9番は大いなる名演奏だ。
真摯な、ベートーヴェンやブルックナーやマーラーのことなど意にも介さず、ただひたすら「今」の状況に対応した自身の「心」を表現せんとしたショスタコーヴィチを、後世の人間たちに「わかる」ように因数分解し、かみ砕き、ストレートに顕そうとしたバルシャイの慧眼。
(ここには希望しかない。宇宙的規模、否、もっと大きな、真理という視点から見れば、こんなに巨大で、まったく怖れのない音楽がほかにあろうかとさえ思う)
バルシャイ指揮ケルン放送響のショスタコーヴィチ第10番(1996.10録音)ほかを聴いて思ふ 