田舎に滞在する。自然の中に在る。

シモンとハンネとルーカスと。農夫の自然賛歌と若き2人の恋物語。俗世間の人間模様と神々への感謝の念。ハイドン晩年の最高傑作には「生きとし生けるもの」への永遠の想いが投影される。

田舎に滞在する。自然の中に在る。神々しい。
一方、下界では人々の風俗と慣わしと。人間の、社会のコントラスト。
静かな一日の中にも「いろいろ」があり、それらは様々な「気づき」の源流となる。八百万の隅々に宿る魂を感じながら、生きることの難しさを思う。半ば分裂気味に(笑)自分の「在り場所」を模索する。

この大地には四季がある。厳しい冬を抜けると氷が溶け、暖かい春が来る。
花々が咲き乱れ、そのうち緑豊かな夏となる。そして、ここにはベートーヴェンの「田園」シンフォニーの萌芽。鳥が鳴き、雷鳴が轟き、人々は自然への畏怖の念を強くする。

大いなる自然を背景に繰り広げられる壮大なドラマ。アーノンクールの一見恣意的な表現の中に、実に清澄な響きが聴き取れ、全曲を聴き通す頃には得も言われぬ感動が湧きあがる。

ハイドン:オラトリオ「四季」Hob.XXI:3
ゲニア・キューマイアー(ソプラノ)
ウェルナー・ギュラ(テナー)
クリスティアン・ゲルハーヘル(バリトン)
アーノルト・シェーンベルク合唱団
ニコラウス・アーノンクール指揮ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス(2007.6.28-7.2)

一般的には「天地創造」の方が評価は高い。聖書を題材にしたこのオラトリオは名作に違いない。でも、僕はどういうわけか「四季」の方にシンパシーを覚える。
ここには人と自然との一体感がある。あくまで庶民の日常が題材にされる、そこに人間としての「当たり前」に気づくのだ。

アーノンクールの解釈は極めて人間的に聴こえる。
農民の生活に根差したお祭りのようなものだ。
そこにこそ「四季」を音化する醍醐味がある。
新年3日目の夜更けに・・・。


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