カラヤンのシベリウス

今日の芸術は、
うまくあってはならない。
きれいであってはならない。
ここちよくあってはならない。

岡本太郎の言葉である。
先日も紹介したかつてのタモリとのテレビ対談を観ても、こういう類稀な芸術家は世間と完全隔離して自身の内面と向かい、特殊な芸術作品を生み出すものと思っていたが、まったくの「勘違い」。実際のところは一切の他者との壁のない、まさにひとつに「融け合う」ような経験があるがゆえに創出されたものが多いのだと僕は理解する。

カラヤンのシベリウスを聴きながら、シベリウスの晩年の苦悩について考えた。第7交響曲を生み出し、さらに交響詩「タピオラ」を発表後、シベリウスは長い沈黙に入る。その間、果たして何もしていなかったのかと言えば決してそうではない。次の交響曲のオファーもあり、世間の期待もあり、彼は随分努力したようだ。ついには、創作に集中するため公衆の前からできるだけ離れることを決意した(最後の公式登場は1935年の70歳誕生記念祝賀会)。実際にそれは、老年の作曲家にとってはとても好ましい状況だったのだろうが、誰にも邪魔をされない自分の時間が持てるようになるにつれ、音楽の世界からの隔絶を覚えるようになったというのだ。

新しい音楽の動向をまめに追い、フィンランドの若い作曲家たちを助け、外国の放送局が流す音楽を熱心に聴いていたが、すべてが彼からはとても遠いところにあるように感じられた。自作の数々が世界中で演奏されることは喜んでいたが、誤解されたと思われる批評などを読むと、苛立ちを抑えられないこともしばしばあった。
「シベリウス―写真でたどる生涯」(マッティ・フットゥネン著・菅野浩和訳)P80

つまり、個性的な、特別な創造物というのは、他人との接触、交流があってこそ生まれ得るものだということだ。矛盾するようだが、芸術家は自分の殻に閉じこもってはいけない。いわば俗世間にまみれることでインスピレーションを得るのである。

ドストエフスキーは「カラマーゾフの兄弟」の中で、アリョーシャに対しゾシマ長老から「俗世間に出る」よう命令させる。僧院の中では優秀な僧侶だった彼をあえて厳しくもどろどろした一般社会で人々と交わるよう薦めるのである。聖と俗とのバランス。苦悩があって歓喜がある。シベリウスの例を見ても、やはり人間は「バランス」の中で生きているんだということを痛感する。

カラヤンのシベリウスはバランス感覚に優れる。静謐な部分はとことん静謐に、唸りを上げる部分はとことん獰猛に、しかし、そこには無茶がない。すべてが自然なのである。

シベリウス:
・交響曲第6番ニ短調作品104(1967録音)
・交響曲第7番ハ長調作品105(1967録音)
・交響詩「タピオラ」作品112(1964-65録音)
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

昔、僕はアンチ・カラヤンだった。もちろんそれは余計な情報を鵜呑みにし過ぎたことから生ずる「思い込み」に過ぎない。ろくに聴きもせず、ベートーヴェンやブラームスのいくつかの録音を聴いてそのレッテルを貼った。世界中であれだけの賛美者がいることだけ考えてみても、そういう安易な意思決定はおかしいはずなのに、若気の至りかそういう偏見に揺さぶられてしまったのだから。しかしながら、一連のリヒャルト・シュトラウス録音やこのシベリウスの録音などを聴くに及びその「思い込み」は徐々に融解していった。
第6交響曲は人間から見た宇宙の描写だ。ここではまだ宇宙を客観的に捉える作曲家がいる。ゆえに精神と肉体という両面が見事に音化される。そして、第7交響曲は宇宙そのもの。ここには「ひとつ」しかない。その後の「タピオラ」は、いわばブラックホールである。カラヤンのシベリウスは岡本太郎の先の言葉の正反対をいく。
巧い、きれい、そして心地良い。「あれも芸術、これも芸術だ」というわけである。
真に素晴らしい。シベリウス自身に、カラヤンの演奏をして「最高の解釈者のひとりだ」といわしめているのだから間違いない。

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