メンデルスゾーンの劇付随音楽「アンティゴネー」を聴いて思ふ

mendelssohn_antigone_stefan_soltesz裏切り者である兄の遺骸に砂をかけて葬った「罪」によりアンティゴネーは死刑を宣告され、最後は自害する。国をとるか家族をとるのか・・・。「戦」の最中にあるどんな時代においても人間が板挟みとなる難題をテーマとするソフォクレスの悲劇。

フェリックス・メンデルスゾーンの舞台付随音楽「アンティゴネー」作品55。
バス独唱と男声4部合唱によって構成される音楽の印象は悲愴感漂い、重い。しかし、当然ながらメンデルスゾーンらしい明朗さに満ち、美しい旋律にも溢れ、1時間ほどがあっという間に過ぎる。渇いた喉を癒す清涼飲料水的な役目を果たすにはほど遠いが、内なる心、いわば右脳と左脳のせめぎ合いを見事に音化した作曲家の力量を再発見する。

歴史を巡るのは面白い。
思わず1841年のフェリックス・メンデルスゾーンを考えてみた。
ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の指揮者としての立場も板につき、人生の全盛期を迎えていた頃。4月4日には、バッハゆかりの地である聖トーマス教会で「マタイ受難曲」を再演する。何と感慨深かったことだろうと想像する。

ウィレム・メンゲルベルクの「マタイ」終曲合唱を聴く。時代錯誤のスローテンポと「うねり」。涙なくしては聴けず。すべてが浄化される・・・。

私たちは、涙を流しながら、うずくまり、
墓の中のあなたに呼びかけます。
安らかに憩いたまえ、憩いたまえ安らかに!

そして、8月から12月にかけ、姉のファニーはイタリア旅行の思い出をもとにピアノ連作集「1年」を作曲。

エルス・ビーゼマンスによる「7月」(ラルゲット)及び「8月」、「9月」を聴く。音楽はフェリックス同様明るく哀しいが、フェリックス以上にシンフォニックだ。

さらに、フェリックスはプロシャ王フリードリヒ・ヴィルヘルムにベルリンに招聘され、赴任。ここで、自作のニ短調トリオを演奏するも失敗。その後、10月には上記ソフォクレスの悲劇の舞台付随音楽「アンティゴネー」が作曲、上演された。
フェリックスは手紙に認める。

役者の演技だけでなく才能ある歌手や器楽奏者たちのおかげで素晴らしい上演になった。
フェリックスのダーヴィト宛手紙
レミ・ジャコブ著作田清訳「メンデルスゾーン~知られざる生涯と作品の秘密」P166

さぞ、素晴らしいステージが繰り広げられたことなのだろう・・・。

・メンデルスゾーン:劇付随音楽「アンティゴネー」作品55
テレーゼ・ハメル(俳優)
クラウス・ピオンテック(俳優)
ギュンター・シュロス(俳優)
ウォルフガング・ウンテルザウヒャー(俳優)
ルネ・パペ(バス)
ベルリン放送合唱団
ベルリン男声合唱団
シュテファン・ゾルテス指揮ベルリン放送交響楽団(1991.4.3-5, 8-10録音)

メンデルスゾーン姉弟はともに音楽の化身。ファニーの心底にもフェリックスのそれにも共通して流れるのは、言葉にならない感情や思考を何とか音楽で描写しようと努力するところ。そして、それが極めて具体的に形となって表出する点が素晴らしい。おそらくそういう意思が「無言歌」というジャンルの発明につながったのだと思われる(今でこそ発案者はファニーだといわれる)。

「アンティゴネー」付随音楽の、いぶし銀の如くのモノクロ的色彩が哀しみ、あるいは避けられない運命を一層助長する。

 


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2 COMMENTS

畑山千恵子

メンデルスゾーンは、プロイセン宮廷での任務のため、ゲヴァントハウス管弦楽団を離れることになりました。その間、ニールス・ガーデが指揮者となりました。シューマンも指揮者の地位を狙ったものの、ガーデになりました。
シューマンは、コミュニュケーションが取れず、自己の内面に没頭するばかりで、指揮者には向いていませんでした。そのため、デュッセルトセルフの音楽監督に就任しても、梅毒が原因の精神障害がひどくなったこともあり、辞任せざるを得なくなりました。そして、1854年2月、ライン川に身を投げたものの、救われ、精神病院に入院、1856年に世を去りました。
メンデルスゾーンは、シューマンとは親友だったものの、必ずしもシューマンを評価していたとはいえませんでしたね。

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岡本 浩和

>畑山千恵子様
才能という意味ではメンデルスゾーンはシューマン以上でしょうね。
しかしあの、シューマンの危うげな調子がまた「負の美学」で人心を捕えるのだと思います。
甲乙は付け難いです。

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