武満徹:ノヴェンバー・ステップスほか

視野を広げることは大切だ。そのために様々なことにチャレンジし、体験を増やす。仕事でも趣味でも、どんな分野でもそれがポイントだとあらためて思う。

合気道仙元館の先生にお誘いいただき、西松流家元西松布咏氏が主宰する邦楽「美紗の会」の第45回つどいに参加させていただいた。どうやら30周年の記念演奏会らしく、何も知らずに伺った僕は錚々たる顔ぶれに少々驚いた。12時から始まった会は、途中20分の休憩を挟み17時半まで。てっきり2,3時間のことだろうと思っていたので少しばかり疲れた(笑)。

いわゆる小唄、端唄といわれる江戸唄である。初めて聴いた。第1部は、お弟子さんの発表会。唄と糸と呼ばれる三味線で紡がれる独特の世界は、もともとは吉原発のもの。そう、芸者遊びの一種ということだ。しかし、この数百年の歴史を持つ「音楽」の奥深さに僕は驚いた。例えば、有名な、江戸唄などまったく知らない僕でもサビくらいは知っている端唄「梅は咲いたか」。会主である家元が唄い、始めてまだ10ヶ月というお弟子さんが三味線を弾いた。事前の解説によると、ここではテンテレレンと呼ばれる「そと弾き」という技術が使われており、それが難しいのだと。確かに高度なテクニックを要するように見えた。

後半はほぼ家元の三味線で進行するが、布咏氏のそれはさすがの音艶で、迫力や表現そのものが言語を絶する。とにかく音楽が水のように滞りなく流れゆく。江戸唄の妖艶さと極めてシンプルな編成による音楽的充実度、そう、いわば「これぞ侘び寂」という世界に僕は衝撃を受けた。

例えば、新名取である8名の方々にて披露された小唄「白扇」。「心を一つにして」ということだったが、残念ながら僕の耳にはいまひとつひとつになりきれていなかったように思えた。お披露目ということで緊張もあろう。いや、それより、やっぱりアンサンブルの難しさということだろう。初心者の分際で偉そうだけれど。

極東の日本では日夜こういった江戸情緒あふれる長唄が至る所で響いていたということだ。その頃、遠くヨーロッパはバロックの扉が開かれようとしていた。多分そんな時代だと思う。江戸唄の特長は、唄と糸という最小単位で音楽が作られているということと、当然マイクを通さない生音で、音量が極小ということ。そして、何より歌詞が庶民の生活に根差しているものであるということ。感情移入の優劣が見事に音楽に反映されるのだと思う。ゆえに奏者の力量(人間力も)が明確にわかる。真に奥深い。

そんな体験を通じて思い出したのは、武満徹。西洋クラシック音楽と日本の伝統音楽を融合させようという試みのおそらく最初である「ノヴェンバー・ステップス」。1年半ほど前、天才琵琶師の鶴田錦史を主人公にしたノンフィクション「さわり」を読んで、この作品の成立事情を具に知り、感銘を受けた。武満、小澤、鶴田、そして尺八の横山勝也氏によって生み出されたこの音楽は、初演者の3つ巴によってのみ本来の美しさを発揮する。

武満徹:
・ノヴェンバー・ステップス
・エクリプス(蝕)~尺八と琵琶のための
・ア・ストリング・アラウンド・オータム~ヴィオラとオーケストラのための
鶴田錦史(琵琶)
横山勝也(尺八)
今井信子(ヴィオラ)
小澤征爾指揮サイトウ・キネン・オーケストラ

邦楽というものの限りない可能性が垣間見える。素晴らしい。
ところで、つどい終了後に懇親会があった。どういうわけかこちらもご招待いただき、畏れ多くも布咏先生のテーブルに同席させていただくことになった。それでも恐縮なのだが、先生と30年来の友人だという松岡正剛氏が隣に座られたので2度吃驚。一応名刺の交換はさせていただいた。ここでも興味深い話が伺えた。

そもそも、邦楽にとっての最重要なポイントは「間(ま)」だそう。唄と糸が間を取ることが極めて難しいらしい。唄は糸の、糸は唄の「間」をいかに完璧にするか(つまり互いに相手を感じ、その間を詰め、ゼロになること)が力量のほとんどと言っても良いらしい。
その話を受けて松岡さんがお話し下さった。日本には古来「一」というものがなかったと。それは「間(ま)」というもので表現され、「間(ま)」は「片」2つで構成されるのだと。今や差別用語だが昔「片輪」といったのにはそういう理由があるそうだ。つまり、2つがひとつになってやっと一人前ということだ。これこそ調和の極意であり、そのことは合気道にも通じ、ひいては僕が常日頃から伝える”ZERO”にも通じる。人は一人ではひとつになれないということ。勉強になった・・・。


10 COMMENTS

みどり

岡本さん、やりましたね!(笑)
松岡さん、凄いでしょ?
もう、あの声と笑顔にやられました(笑)

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岡本 浩和

>みどり様
僕は知人についてただけですので、松岡さんからすると残念ながら名刺を交換したひとりという認識しかないはずです。すごい方だというのはお話をじかに聞いて再確認しました。

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みどり

「残念ながら」ではありません。
繋がりは既にできたのですから、これから先は
岡本さんがどうなさるかです。

「縁」や「好機」というものは偶然のように
見えながら、意志と希求のないところには
決して齎されないものではないでしょうか。

松岡さんは初対面でも正面から目を合わせて
微笑んでくださるでしょう?
あの笑顔は絶品だと思います!(笑)

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岡本 浩和

>みどり様
まさにその通りです。
いつも的確なご忠告ありがとうございます。
「偶然」というものはないですからね。
確かに微笑んでくださりました。(笑)

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Judy

「縁」や「好機」というものは偶然のように
見えながら、意志と希求のないところには
決して齎されないものではないでしょうか。

、、、というみどりさんの意見に賛成です。あらゆることはCloud/Atlasのように空を漂う雲の如く変化をしながらも宇宙の一つとして動いているのだと思います。私にとって2012年の一押し映画がCloud/Atlasでした。同時にこれは興行成績は良くないだろうとも思いました。あと何回も鑑賞しないとわからないし、そうしたい深さを持った映画ですね。監督の兄弟の一人がMatrix以降、女性になることを決心してこの映画では兄妹としてInterviewに答えていたのも興味深いことでした。もはや岡本さんのお陰で病膏肓となってしまったHelene Grimaudがとっくにそういうことに気づいて音楽で表現しているんですね。発達した人が芸術の部門でこうして一生懸命表現してくれることに感謝です。

長くなりますが、松岡正剛さんのBlogは数年読ませていただき、見も知らぬ人ながら「なんて深切な人なんだろう!」と感心してました。これでコンブリオの岡本さんともども心から親切な人を知り得てこれも感謝です。いずれ大河の中でつながっていくことを確信しています。飛行機の旅はしたくないと思っていたのですが、今年の一月にSuntory HallでGrimaudがBrahms #2を弾いたと知って、とても悔しく、これからは「おっかけ」となって彼女の生の演奏を聴こうかなと思っています。楽しみが出来ました。岡本さん改めてありがとうございます。

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ふみ

ド素人のコメントを(笑)
武満ではノーヴェンバーステップスは勿論、波の盆が好きです。
岡本さんには是非色々とご教示頂きたい作曲家の一人です。

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岡本 浩和

>Judy様
こちらこそいつもありがとうございます。
本日の記事にも書きましたが、本当に驚きました。何せ昨晩今朝とグリモーのブラームスを観ておりましたもので・・・。「つながり」を感じた瞬間でもあります。
「おっかけ」素晴らしいです。
11月にもグリモーは来日するそうです。
機会があれば一度お会いさせていただきたいと思っております。

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岡本 浩和

>ふみ君
いや、逆に僕の方こそいろいろ教えてください。
武満はもっともっと掘り下げないといけない音楽家だと思っているので。

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岡本 浩和

>みどり様
マジですか!!
「蜘蛛女のキス」は傑作だと思うので、武満さんに是非ともオペラ化してほしかったです。

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