ジュリアード弦楽四重奏団@フィリアホール

巨きな体躯の老アメリカ人3人と華奢な東洋の若者。舞台袖から出てきた最初の印象。ジュリアード弦楽四重奏団を聴いた。なんとも柔らかく重みのある音に心底酔いしれた。それにしても作品127の第1楽章序奏から何てまろやかで美しいことか。冒頭の和音を聴いただけで今宵の素晴らしさが十分に予感できた。

今のジュリアード四重奏団の特徴は、やはり第1ヴァイオリンのジョセフ・リンの存在だろう。もともとソロ・ヴァイオリニストであるリンの音と他の老メンバーの音とがまったく異質なのである。音楽が進行するにつれ、まるで弦楽三重奏を伴奏にしたコンチェルトのような様相を呈する。リンのヴァイオリンの音は繊細で美しく、何より大変な安定感。間違いなくこの若手をジュリアードは必要としたことがよくわかる。1978年生まれだから、彼はまだ35歳。にもかかわらず、音楽を自らリードし、丁寧に作り上げてゆく。他の3人のいぶし銀の如くの音に混じって、図抜けてきれいで輝かんばかりの音が重なる時の臨場感は並大抵でなかった(ただし、多少彼の音が「出過ぎる」きらいもある)。特に、僕が座ったいつもの上手側2階の席からは東京クヮルテットの時同様様々な発見があった。

JUST ONE WORLD SERIES
ジュリアード弦楽四重奏団
2013年6月6日(木)19:00開演
フィリアホール
ベートーヴェン:
・弦楽四重奏曲第12番変ホ長調作品127
休憩
・弦楽四重奏曲第15番イ短調作品132
~アンコール
・J.S.バッハ:フーガの技法BWV1080~第1コントラプンクトゥス
・ハイドン:弦楽四重奏曲第31番変ホ長調作品20-1~第3楽章
ジュリアード弦楽四重奏団
ジョセフ・リン(第1ヴァイオリン)
ロナルド・コープス(第2ヴァイオリン)
サミュエル・ローズ(ヴィオラ)
ジョエル・クロスニック(チェロ)

とはいえ、この四重奏団の要はチェロだ。ベートーヴェンの作品自体がそういう作りなのか、微動だにしないジョエル・クロスニックのチェロを中心に他の3者が扇形に位置し、流れるように音楽を再生する。変ホ長調の四重奏曲のもつ「一体感」というものを僕は初めて感じたかも。

長めの休憩(25分くらい?)を挟んで後半。
作品132は人間の手から生まれた音楽の最高峰なのではと思えたほど。前半同様、リードするのはリンの極めて美しいヴァイオリン・ソロ(?!)。しかし、ベートーヴェン自身によって「病癒えたものの神に対する聖なる感謝の歌」と題された第3楽章で様相は一変する。4人の音が嘘のように完全にひとつになるのである。そして、上手上方から眺めると、第1の「感謝の歌」は無限大(∞)の弧を描くのだ。次の「新しき力を感じつつ」と注釈されたアンダンテの部分で第1ヴァイオリンがようやく全面に押し出されるものの、「感謝の歌」の再現でさらに音楽は渾然一体となる。
さらに、第4&第5楽章と続き・・・、最後は決然とした響きによって閉じられる。(相変わらずフライング気味の拍手が許せない)

あまりに偉大だ。あまりに崇高だ。この後にもはや音楽は必要ない・・・。
と思ったが、今期で引退を表明している最長老ヴィオラのローズ氏の日本語による楽曲紹介でアンコール2曲が奏された。素晴らしかった。
興味深いのは、「フーガの技法」冒頭がベートーヴェンの弧とは逆方向、つまり「8の字」を描くこと。さらにハイドンを聴いて感じたのは、なるほど、音楽の歴史におけるポリフォニーからホモフォニーへの進展(?)の源はハイドンにあったのかということ・・・。

そういえば、本日午後、紀尾井ホールでマキシム・ヴェンゲーロフの公開マスタークラス、そして夜にはホテル・ニューオータニでパーティーがあった(盛り上がったそうです)。仕事で伺えなかったことが残念でならないが、来週はチョン・キョンファのリサイタルを間に挟んでヴェンゲーロフ3連荘。身体がもつかな?(笑)

 


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